第12話 ここは俺に任せて先に行け

 午後7時45分、久遠は身支度を済ませてUDSにログインする。


 フレンドリストの鬼童丸の表記がログインに変わって都庁に姿を見せると、宵闇ヤミが飛んで来る。


「鬼童丸さん、こんばんは。良い夜だね」


「こんばんは、宵闇さん。コネクトと口調違うね」


「ああいうのって難しいんだよ。おばさん構文なんて言葉が出て以来、チャットで緊張しちゃって丁寧な文面になっちゃったんだ」


 (それは暗に年齢には触れるなよってことでよろしいか?)


 できれば地雷なんて踏みたくないから、鬼童丸は警戒した。


 言葉に悩んでいる鬼童丸を見て、宵闇ヤミはニッコリと微笑む。


「私、28才だよ」


「身バレするような情報は出さない方が良いんじゃないの?」


「それはそうだけど、おばさんと思われたくないから年齢を開示したの。Yellの投稿を見る限り、鬼童丸さんって同い年かニアピンでしょ?」


 (んー、アカウント特定されてるねぇ)


 鬼童丸は久遠が昔からゲームのアカウントで使っている名前であり、Yellもゲームのアカウントと同様に鬼童丸だ。


 自分が宵闇ヤミのことを調べている以上、宵闇ヤミに自分のことを調べるなとは言えない。


 そして、宵闇ヤミが予想した鬼童丸の年齢は当たっていた。


 今年29歳だが、今は誕生日を迎えていないので28歳である。


「当たってる」


「しかも、UDSで同じ新宿スタートだなんてすごい偶然だよね。実は知り合いだったりして」


「そんな偶然あるか?」


 鬼童丸、正確には久遠は新宿区の高田馬場生まれでそのまま育ったが、高校生になる時に親の転勤に着いていかずに一人暮らしをしている。


 高校生ならば一人暮らしできる年齢だし、両親も久遠の選択を尊重した。


 仮に宵闇ヤミが生まれも育ちも新宿区だとしたら、久遠の知り合いである可能性は否定できない。


 だが、今はそれを突き止めている場合ではない。


 それは宵闇ヤミもわかっているから、この話は終わって簡単に打ち合わせを済ませる。


 配信開始時刻の午後8時になったため、宵闇ヤミが配信を始める。


「こんやみ~。今日は2回行動の悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す」


 朝活配信は午前8時には終わっていたから、配信は半日ぶりだ。


 折角自分の認知度が上昇中なのだから、宵闇ヤミは少しでも人の目につくようにしている。


 その努力は継続した方が良いのだろう。


「今日もUndead Dominion Storyをプレイするよ〜。しばらく鬼童丸さんとご一緒できることになったの。やったね! 今日もよろしくお願いします!」


「どうも、ログインしてからフレンド希望者が続出して困惑してる鬼童丸だ。よろしく頼む」


 フレンド昨日だが、リアルフレンドと一緒にゲームをするとは限らないから、フレンド候補がUDSから表示されるようになる。


 更に言えば、フレンドの検索機能も実装されているから、昨日の宵闇ヤミの配信を見て鬼童丸にダメ元でフレンド申請する者が後を経たなかったのだ。


 新宿区は鬼童丸の支配下にあるから、現状の設定だとフレンドじゃないと新宿区に入れないようになっている。


 それもあって、隣接している地域を拠点とするプレイヤーが鬼童丸にフレンド申請をしているのもある。


 許可しないと出入り禁止の設定はデーモンズソフト公認の仕様だから、GMコールで迷惑行為だと言われてもまともに相手をされない。


「友達希望者いっぱい…? 鬼童丸さんってまさか、よ、陽キャ…?」


「はい、陰キャムーブしないで。今なら2人組組んでって言われても俺が組むから余らないよ」


 その瞬間、宵闇ヤミの配信を見ているヤミんちゅ達の中でトラウマを抱えている者達がパニックになる。


 学生時代のトラウマを刺激するような発言を安易にしてはいけない。


 宵闇ヤミはコメント欄の空気をどうにかせんと気合を入れ、話題を変えようと鬼童丸に別の話を振る。


「今日はどの区に向かう? 新宿区は制覇しちゃったよね」


「文京区に向かうよ。UDSの公式サイトを見た限りでは、新宿に隣接した区だと中野区と豊島区、渋谷区、港区が既に制覇されたか攻略中だった。もしも攻略中の場所を横取りしちゃったら、難癖付けられる可能性もあるので誰も手をつけてなさそうな文京区から狙う」


「なるほど。その考えからすると千代田区もありだと思うんだけど、千代田区じゃなくて文京区を狙うのはなんで?」


「千代田区よりも文京区の方が次に採れる選択肢が多いからだ。さあ、時間は有限だから出発しよう」


 区間の移動だが、昨日も利用した車を使って時間を短縮する。


 文京区に移動したところ、新宿区ではすっかり見なくなった野生のアンデッドモンスターが遠目に見えるようになった。


 そこに、タナトスとヘカテーがタナトスのトーチホークに乗って現れたため、鬼童丸と宵闇ヤミは車から降りる。


「鬼童丸、野生のアンデッドモンスターを倒しながら2人で東京ドームを目指すと良い。先程この辺りの上空をざっと飛んでみたが、あそこが文京区の拠点として丁度良さそうだ」


「なるほど。ちなみに、拠点を2つ以上確保すると良いことがあるのか?」


「勿論だ。使用者を限定する転移魔法陣を設置しよう。宵闇ヤミが文京区長になっても、其方達が友好的である限り使えるようにも設定可能だ」


「そんなものがあるのか」


「<流浪の隠者>ゆえにすぐに移動できるような術を持っている。さあ、行くが良い」


 ヘカテーの方も宵闇ヤミからクエストを与えられたようで、タナトスはヘカテーの話が終わったらこの場から去って行った。


 宵闇ヤミはヤミんちゅを考慮した進行速度で会話をしていたから、鬼童丸よりもクエストの話が終わるまで時間がかかっていた。


 その話が自分と同じものか違うものか気になり、鬼童丸は宵闇ヤミに訊いてみる。


「宵闇さん、どんなクエストを受領した?」


「害悪ネクロマンサーを倒せと言われた。そいつは東京ドームに向かってるらしいよ」


「なるほど。受けたクエストが違うな。俺の方は宵闇さんと一緒に東京ドームを確保せよだった。つまり、宵闇さんは<文京の主>を手に入れるクエストで、俺は東京ドームを確保するクエストってことだ。ストーリーの進行順序を考えると、先に害悪ネクロマンサーを倒しに行くべきか」


「最短ルートで東京ドームに行けば良いはず。害悪ネクロマンサーがいたら、私にそいつを倒させて」


「了解」


 クエストの内容を整理してこれからの動きが決まり、鬼童丸達は車を走らせて東京ドームへと向かう。


 その途中で瓦礫を利用して道幅を狭め、通行止めするように仁王立ちするネクロマンサーがいた。


 車を停めた時、その後ろからアンデッドモンスターの混成集団が押し寄せて来た。


「ここは俺に任せて先に行け」


「鬼童丸さん!? それめっちゃ美味しい奴じゃん!」


「馬鹿言ってないでさっさとクエストをクリアして来い。俺はここで暇潰ししてるから」


「は~い」


 宵闇ヤミは鬼童丸のセリフを聞いてテンションが上がるが、鬼童丸的にはさっさと害悪ネクロマンサーを倒して来てほしかったためにそう言っただけだ。


 仁王立ちしている害悪ネクロマンサーを倒して来いと宵闇ヤミを送り出したら、画面が乱戦モードに切り替わったため鬼童丸は自身の融合アンデッド達を召喚する。


召喚サモン:ドラミー! 召喚サモンジェネラルライダー!」


 ドラミーとジェネラルライダーが戦うアンデッドモンスター達は、ブラックスケルトンメイジとブラックスケルトンフェンサー、グリムハウンドというラインナップだ。


 初見のブラックスケルトンメイジとブラックスケルトンフェンサーだが、これらはそれぞれスケルトンメイジとスケルトンフェンサーが通常進化したアンデッドモンスターである。


「ドラミーは【剛力打撃メガトンストライク】だ。ジェネラルライダーは【怪力突撃パワーブリッツ】で敵の数を減らせ」


 鬼童丸の指示に従い、ドラミーとジェネラルライダーは敵の混成集団をサクサク倒していく。


 吹き飛ばし効果のあるアビリティを使っているおかげで、一度の攻撃でまとめて複数の敵を倒せているはずなのだが、なかなか敵を殲滅し切れない。


 (もしかして、宵闇さんが害悪ネクロマンサーを倒すまでの耐久戦ってこと?)


 それがわかれば話は早い。


 新宿区の外に出ると獲得経験値量が元に戻るため、宵闇ヤミがクエストをクリアするまでに1体でも多くのアンデッドモンスターを倒す方針に切り替えた。


 10分が経過し、ようやく後続のアンデッドモンスターが出て来なくなった。


『鬼童丸がLv19からLv22まで成長しました』


『ドラミーがLv6からLv10まで成長しました』


『ジェネラルライダーがLv6からLv10まで成長しました』


『ブラックスケルトンメイジとブラックスケルトンフェンサーのカードを30枚ずつ、グリムハウンドのカードを40枚手に入れました』


 (やれやれ、新宿ならもう2つずつレベルが上がったはずなんだがなぁ)


 耐久戦を終えた鬼童丸はシステムメッセージが鳴り止んだ後、勿体ないことをしたと言わんばかりの表情でそのような感想を抱いた。

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