第2章 Accompany

第11話 宵闇さん、さては乗せられやすい人だな?

 月曜日の朝、久遠は時間に余裕をもって出勤した。


 久遠は学生インターンシップの仲介をする会社に勤めている。


 その会社の名前はブリッジ株式会社と言い、昨今どこも人手不足な状況で中小企業を中心にこの会社のサービスを利用されている。


 久遠は入社から6年が経過しており、役職は課長補佐で営業部営業第一課のNo.2だ。


 役職についてだが、営業部のそれぞれの課では一般社員→主任→課長補佐→課長という順番に偉い。


 ブリッジ自体が200人規模の会社であり、久遠の同期はまだ主任であることを考えれば、久遠はブリッジの中で順調に出世していると言えよう。


 営業部は営業第一課から第三課にわかれており、それぞれブリッジが紹介できる3種類のインターンシップに対応している。


 営業第一課は日本の学生が日本企業や団体でインターンするコースに対応する。


 営業第二課は日本の学生が海外企業や団体でインターンするコースに対応する。


 営業第三課は海外の学生が日本企業や団体でインターンするコースに対応する。


 インターンに応募できる学生の対象は、高校生と専門学生、大学生、大学院生だ。


 学生は基本的にこのサービスを無料で使えるため、費用負担はこの会社に登録した企業が行う。


 学生あるいはその家族が費用を払う場合だが、それはインターンシップ契約期間中に自己都合でインターンシップを止める時だけ違約金を払ってもらう。


 契約期間中の病気やケガ、インターン先でのいじめを理由としたインターンの中止で違約金を払うことはないが、面倒臭くなってバックレたとか学生側に問題がある時は違約金を払うシステムにすることで、そのような事態が内容に抑止している。


 契約期間が終わり、その学生がインターン先に就職した場合は成果報酬を貰える。


 広告料と成果報酬だけだとギリギリの黒字経営だが、幸いにもブリッジの資産管理部は優秀であり、そのおかげでブリッジの首脳陣は安心して経営できている。


 ブリッジの営業部はフリーアドレス制を導入しており、久遠が今日予約した席の正面には営業第一課の課長である石原が座っている。


「石原課長、おはようございます」


「鬼灯君、おはよう。金曜日に面白いゲームは買えたのかい?」


「はい。デーモンズソフトのUndead Dominion Storyってゲームを買ってプレイしました」


「へぇ。てっきり、『坊ちゃまはドラゴンナイトになるってよ』を買うかと思ったんだけどね」


 石原は久遠よりも5つ年上で、久遠程ではないがゲームで遊ぶこともある。


 それゆえ、久遠と石原がする日々の雑談ではゲームの話になりがちなのだ。


「どっちか悩んだんですけど、王道のゲームに食傷気味でして、今回はプレイする人を選ぶデUndead Dominion Storyにしました」


「なるほどねぇ。まあ、ゲームはやる人が楽しけりゃそれで良いから、とやかく言うつもりはないよ。今週もよろしく」


「よろしくお願いします」


 それから続々と営業第一課のメンバーも集まり、週の初めの朝に毎回行う朝礼を行った後、各々の業務を始めた。


 課長補佐の主な業務は、3人の一般社員を率いるチームを任された主任の統括だ。


 課長と主任の間に立ち、主任達から上がって来る情報を簡潔にまとめて課長に報告したり、課長からの指示の意図を汲み取り、実行しやすく噛み砕いて主任達のフォローを行う。


 また、人手が足りない時は主任達のヘルプということで、インターンする学生とインターン先の企業の間に立って調整をすることもある。


 日本企業や団体に対し、インターンシップ制度を導入しないかと営業をかけるのは一般社員と主任の役割であり、主任達のヘルプをする時もあくまでインターン中の学生と企業の調整だけである。


 午前中の仕事を終えて昼休みに入ったら、近くのカフェに入って食事を済ませて業務中は見ないようにしている私用のスマホを見る。


 午前中は全く見ていなかったコネクトだが、未読メッセージがあると通知が出ていた。


 (ん? 宵闇さん?)


 コネクトでやり取りする相手は、直近では宵闇ヤミしかいない。


 仕事関係の相手とのやり取りは社用スマホでやるから、私用スマホで連絡をして来るのは宵闇ヤミに限定されるのだ。



 宵闇ヤミ:おはようございます、鬼童丸さん


 宵闇ヤミ:昨日はありがとうございました


 宵闇ヤミ:たった今確認したら登録者数が1,500人になってました


 宵闇ヤミ:ライブ配信や動画投稿等も無事に収益化の申請も通りました


 宵闇ヤミ:定職就いてとかニートとかって家族に言われなくて済むと思うと嬉しいです


 宵闇ヤミ:ルンルン気分になれたのも鬼童丸さんのおかげです



 (実家暮らしも大変だなぁ。って、あれ? 口調が元に戻ってる)

 

 今まで宵闇ヤミと話した感じでは、VTuberを始める前は結婚もしてなければ定職にも就いていないようだった。


 就活に失敗したのか、会社勤めが嫌になったのかわからないが働いていないのなら、一人暮らしをできるとは考えにくい。


 そうなると、実家暮らしをしなければ満足に生活することができないから、宵闇ヤミは親に頼ったはずだ。


 家族からニートと呼ばれているとすれば、うつ病で仕事を辞めたのではないだろう。


 もしもうつ病の家族がいたなら、まともな神経の持ち主がうつ病の家族に対してニートなんて言うことはあり得ない。


 とりあえず、宵闇ヤミからお礼を言われたのだから、無視をする訳にもいくまい。



 鬼童丸:仕事で今までスマホ見れなくて返信遅れた

 

 鬼童丸:こちらこそ昨日はありがとう


 鬼童丸:登録者1,500人&収益化おめでとう


 宵闇ヤミ:今日はインしますか?


 宵闇ヤミ:一緒にゲームしたいです


 鬼童丸:それって配信しながら?


 宵闇ヤミ:できれば配信したいです


 宵闇ヤミ:朝活配信したらヤミんちゅからの今日もコラボが見たいって声が多かったんです



 (ヤミんちゅの中でもUDSプレイヤー達の要望だろうな)


 昨日UDSをプレイした時、久遠からしても重要なネタをがっつり提供した自覚があった。


 それはログアウトした後、UDSの掲示板を見に行った時の反応を見ても明らかだった。


 鬼童丸を見守るスレなんてものも立てられており、狙ってやった訳ではないがUDS界隈で鬼童丸というアカウントは有名人になってしまった。


 この状況を収益化した宵闇ヤミも逃したくないのだろう。


 彼女のニートに逆戻りしたくないという気持ちは理解できるから、久遠は条件付きで話を受けることに決めた。



 鬼童丸:条件付きで配信しても良いよ


 宵闇ヤミ:出演料ですよね


 宵闇ヤミ:50%でどうでしょう?


 鬼童丸:それじゃ宵闇さんの手元にほとんど残らないじゃん


 鬼童丸:収入の10%で手を打つよ


 宵闇ヤミ:それでお願いします!


 宵闇ヤミ:ありがとうございます!


 宵闇ヤミ:鬼童丸さん大好きです!



 (宵闇さん、さては乗せられやすい人だな?)


 久遠は宵闇ヤミの大好き発言に苦笑した。


 昨日のコラボ配信で登録者数が15倍になったことを考えると、宵闇ヤミの力で登録者が増えたとは言い難い。


 それは本人も自覚しているから、今後の自分の生活を考えてギリギリのラインで条件を提示した。


 しかし、久遠は会社員として給料をもらっていて金に困っていない。


 かといってボランティアでコラボ配信に出続ければ、宵闇ヤミとの関係が歪みかねない。


 それゆえ、本当はもっと貰っても文句は言われないだろうがコラボ配信の収益10%で手を打ったのだ。


 そろそろ昼休みが終わってしまうので、久遠は今日のゲームをする時間を決め、宵闇ヤミに仕事に戻る旨を伝えた。


 相手が会社員である以上、昼休みの時間を延長出来ないのはわかっているから、宵闇ヤミもチャットを止めてコラボ配信の準備を始める。


 自席に戻って来た久遠を見て、石原が声をかける。


「鬼灯君、昼休みに良いことでもあったのか?」


「そう見えますか?」


「原口君が女の子と飲みに行く時って程じゃないけど、それに近い雰囲気を感じる」


「どんな雰囲気ですかそれ」


 原口とは営業第一課の主任の一人であり、プライベートはとにかく遊んでいる久遠の2つ下の男性社員だ。


 チャラいから苦手とは思っていないが、自分と違うタイプであると久遠は思っている。


 久遠にジト目を向けられ、石原はすまんすまんと右手を垂直に立てて詫びた。


 それはそれとして、久遠は石原に指摘されて自分は宵闇ヤミと一緒にゲームするのが楽しみだったのかと自分の気持ちにも気づいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る