探偵と助手

@ok34mr

県立朝原商業高等学校男女生徒殺人事件

澄み切った青空に突き刺すような強い日差しが緑の葉をよく映えさせているただの坂道。二日南 叶芽 24歳。その日から叶芽の仕事は始まった。グレーのパーカーにデニムのズボン。はたしてこんな人が1社会人として世に放たれていいのか?という服装だ。と言っても、叶芽の仕事は探偵の助手。探偵の助手ならこの服装でも良いのかもしれない。

『櫻山探偵事務所』その看板を発見した時、叶芽はまるで小学校低学年かのように嬉しそうに走って事務所の前まで行った。

少し古びた、でもどこか高級そうな二階建ての家には探偵がいるとはとても思えなかった。7分の好奇心と3分の怖さを抱えインターホンを鳴らしてみる。『すみませーん。本日からお世話になります、二日南 叶芽と申します。誰かいらっしゃいませんか?』応答がない。

『すみませーん、、』『ガチャ』

突然ドアが開いた。するとそこには茶色のインバネスコートを着た30代なかばくらいの男が立っていた。映画の世界でもドラマの世界でもアニメの世界でもないのにインバネスコートを着ている男を目前に叶芽は呆然としてしまった。

そんな叶芽を無視するかのように男は言った。

『君が今日から僕の仕事を手助けしてくれる助手さんかね?やぁ、にしても思ったよりお若いレディーだ。名前を聞いてもよろしいかね?』呆然としていた叶芽はやっと気を取り戻し男の質問に答えた。『二日南 叶芽です。24歳です。本日からよろしくお願いいたします。』叶芽はその時、仕事以外ではもちろん仕事中でも必要最低限でしかこの人と関わらないようにしようと思った。男は部屋の中に叶芽を案内した。叶芽が部屋に入るとこれにはまたびっくり。いかにも高級そうな家具のオンパレード。何着も干されたインバネスコートの数々。この男が何者なのかこの時の叶芽には知る余地もなかった。そして男はかるく数百万はしそうなソファに叶芽を案内し自分の名刺を取りだした。『櫻山一郎』名刺にはそう書かれていた。そしてその名刺を渡した瞬間に男、いや、櫻山は言う。『僕の名前は決していちろうではございません。かずろうと読みます。』確かにこの字ならどっちの読み方でも通じてしまう。間違えずに済んだ叶芽は少し安心したようだった。どこか不思議な雰囲気を帯びた櫻山にしっかりとした社会人の対応が出来ていたとはとても思えないが助手としての日々がこうして幕を上げた。

その日は特に依頼が来るわけでもなく事件が起こるわけでもなかったため、助手として任せられた皿洗いだけをやって助手生活1日が終わった。

そして次の日。昨日の澄んだ青空とは反対にいかにも雨が降りそうな厚い雲に空一面が覆われていた。その日、叶芽にとって初めての依頼があった。その依頼は『県立朝原商業高等学校男女生徒殺人事件』というその学校に通う1年生の男子生徒1名と2年生の女子生徒2名の計3名が亡くなった事件だった。この事件は叶芽が助手になる2日前に起きた事件だった。この事件は野球部に所属する1年生の浅草翔樹とマネージャーとして活動している2年生の山原友美、友美と同じクラスでマネージャーの梅川梓がなんらかの形で睡眠薬を飲まされ眠っている間に刃物で心臓を一突きされ亡くなった。という事件だ。依頼主はマネージャー2名の母親だった。わざわざ探偵に依頼してきた理由は警察だと事件の詳細を聞いても話してくれないためだった。自分たちの大切な娘が亡くなっているため、はやく犯人を見つけて欲しいというのも無理はない。そしてそれから叶芽にとって初めての仕事がスタートした。その時の叶芽にはこの事件がいかに自分の人生の在り方を変えるとは思ってもいなかった。


次の日。櫻山は安定にインバネスコートを身につけ、叶芽はパーカーにジーパンスタイルで朝原高校野球部がどんな活動をしているのか見に行った。普通だったら生徒3人が殺害されているのだから学校は臨時休校のはずだがどうやら休校にはなっていないらしい。そして、警察が出入りすることも少ないらしい。そんなことより、こんな服装をした2人が歩いていると周りの目が冷ややかに感じる。いや、感じるだけではない。冷ややかなのはきっと事実だ。事件のあった高校は隣町でそれほど距離がある訳ではないと櫻山が言うので歩いて高校へ向かったが軽く40分はかかった。向かっている途中に櫻山になぜ車で向かわないのか尋ねたところ免許を持っていならしい。その話を聞いた時、叶芽は櫻山にこういった。『そんなことなら私が車だしたのに!!』そのあとを追うように櫻山は『助手さんは車の免許を持っているんですね。やはり助手を雇って正解だったようだ。』叶芽は櫻山に『助手さんじゃなくて二日南叶芽です!』と言った。まだ助手としてあまり時間が経っていないのに何故か仲が良さそうだ。

やっとの思いで高校に着いた。近くにいた先生に話を聞いたところ朝原高校野球部は1年生15人、2年生17人、2年生マネージャー3人、1年生マネージャー2人で活動しているらしい。3年生は夏で部活を引退し、誰も顔を出していないみたいだ。そして、挨拶した後監督の遠藤雅也に被害者の3名について尋ねた。監督は2人のことを少し鼻で笑ったあと話をしてくれた。監督によると、浅草は遅刻することもたまにあるがとても熱心に部活に励む人間で平日の朝よく自主練やトレーニングをするところを見かけるらしい。試合になると外野手としてきっちり守り送球もかなり良いとベタ褒め状態だ。クラスの様子も担任から聞いた話だそうだがかなり中心的な存在で学校祭の準備や手立てをしっかりと考えてくれていたらしい。マネージャーの2人に関しては、とても働き者で他校の監督からも褒められるほどの人材だと言った。

そのあと、浅草と同じクラスだという1年生マネージャーの実津弓秋華にも話を聞いた。こちらは鼻で笑うのではなく少し引いていた。でもそのあとはしっかりと3人について応えてくれた。浅草の話を聞いたところ浅草をベタ褒めしていた監督の遠藤とは反対にこんなことを言っていた。『最初はとても優しかったんです。スコアの勉強していたら偉いね。と声をかけてくれたり、SNSをフォローしてきてくれたり。でも、学校が始まって2ヶ月ほど経った頃から浅草の本性が分かるようになりました。今まで、楽しそうに話していた同じクラスの女子の悪口を言ってみたり、周りの仲良い男子と一緒に俺らがこのクラスを支配しようって言ってみたり、、、そして、1年生の部員から聞いた話ですが、部室での2年生部員へ向けての悪口やクラスの仲良くしていた女子への悪口が絶えないそうです。仲良くしていた、というより仲良さそうにしているだけだと思いますが、、性格に難アリって感じです。私ともう1人の1年生マネージャーにはおつかれ!と声をかけてくれる優しい選手なんですけどね、、』秋華はそう答えた。間髪入れずに櫻山は2年生マネージャーのことも尋ねた。秋華は『友美さんと梓さんも性格に難アリって感じです。もう1人の2年生マネージャーの岡山みどりという方への悪口言っている所をよく見かけます。でもみどりさんはその事には気づいていません。2人はみどりさんへの悪口だけではなく他校のマネージャーへの悪口も酷かったり、、野球部が使ってるグランドの後ろは自転車通学の生徒が頻繁に使う通学路なんですけど、そこを通った人に対しても小声でコソコソと悪口を言っています。1度聞いたことがあるのが私と同じ中学校だった1年生の女子生徒に対して、1回しか関わったことないけどあの子嫌いなんだよね、なんか鼻につくっていうか、、と言っていたり私が通っていた中学で同じ部活に所属していた先輩に対して、あ、嫌われ上手だ!とか言っていました。でも、どちらかと言えば友美さんが悪口を言い出して梓さんはそれをただ聞いてちょっと乗っかるって感じでした。みどりさんはその話をあまり聞いていない様子です。でも正直、みどりさん気づいていませんが部員からも少し嫌われていて友美さんと梓さんは部員から慕われ、好かれているって感じです。ここだけの話、私最初はみどりさんが苦手だったんですけど、最近は友美さんが怖くて苦手でした。友美さんに比べると梓さんは優しい印象です。』と語った。櫻山はその話を聞いた時、もう1人の1年マネージャーは何をしているのか気になった。

次は、櫻山が秋華にもう1人の1年マネージャーを呼んできて欲しいと頼む。すると秋華はまた、『 今忙しいので私にお答えできることがあればなんでもどうぞ。』という。櫻山はもう1人のマネージャーについてどんな人か尋ねた。『仲田海荷は私をマネージャーに誘ってくれたんです。野球なんて全然知らなかったけど海荷とは小学生からの仲ですが、海荷から誘ってくれたことなんて滅多になかったなって思ったので一緒にマネージャーをやりました。ですが、友美さんに嫌われるのが怖いからか、友美さんに好かれようとずっと友美さんの隣に立っていました。洗い物とか前までは率先してやっていたのにこの間は2年マネージャーと1年の部員が話している時に、まだ洗い物が残っているのにも関わらず笑顔で頷き、ただ立っているだけでした。』と応えた。櫻山は秋華に寄り添うように『その残った洗い物は実津弓さんが洗われたんですか?』と尋ねた。秋華は『はい。この事件が起きる前、何度か私と海荷とみどりさんだけしかマネージャーがいない日があったのですが、海荷はみどりさんには好かれようとしていないのであまり働かなくなりました。』と付け足すように応えた。

櫻山が‪‪話してくれたことに感謝を伝えると秋華は『はやく捕まえてください。』とだけ言い、仕事へと戻った。

事務所に帰って叶芽は櫻山に『2年マネの岡山みどりさんには話を聞かなくて良かったんですか?』と尋ねた。櫻山は大きなホワイトボードを用意しながらこう答えた。『岡山みどりさんは事件に関係ない気がしているからね。』

その言葉に叶芽は驚いた。叶芽は思わず櫻山にその理由を尋ねた。どうやら叶芽の中では2年生のマネージャーと1年生の部員に嫌われていた岡山みどりが3人を、殺した犯人だと思っていたようだ。その考えを見抜くように櫻山は今回の事件に関わる人物が貼ってあるホワイトボードを使って書き込みながら説明した。『岡山みどりさんは2年生のマネージャー2人と1年生の部員1人に嫌われていた。確かにこの3人を殺害するにはとっておきの条件だよね。でも、岡山みどりさんは嫌われていることに気づいていないって言っていたよね。ということは3人を殺害する理由はなくなる、ということだ。』『ところでこの話を聞けば助手さんにも犯人が分かるかな?』叶芽には犯人が誰なのか全く見当もつかず櫻山に『櫻山さんはもうわかったんですか?』と尋ねた。そして櫻山は『まだ分かっていないようだね。ヒントをあげよう。なんで実津弓秋華さんはわざわざ僕たちに岡山みどりさんが部員とマネージャーに嫌われてることを話したのかな?そしてもう1人の1年生マネージャーの仲田海荷さんには殺害する動機があると思う?』それを聞いた瞬間叶芽には犯人が

分かってしまった。櫻山は『助手さんにも犯人が分かったようだね。明日もう一度学校に行って話をしてみようか。』と言った。

次の日。学校に着いたらまた野球部は部活中で近くにいる生徒に2人が犯人だと思う子を呼んでくるよう頼んだ。そして2人の前に現れたのは実津弓秋華だった。櫻山は『昨日話を伺ったときあなたの言葉を違和感を覚えました。あなたはなぜ岡山みどりさんが嫌われていることに気づいていないと言ったのでしょうか?あなたが昨日帰り際に行った早く捕まえてください。という言葉その言葉にも少し違和感を覚えました。その言葉は犯人である自分を捕まえて欲しいという意味なのではないですか?もし、自分が犯人だと気づかれたくないのであれば、岡山みどりさんが3人に嫌われていることを知っているていにすれば良かっただけの話です。なのにあなたはわざわざ僕たちに嫌われていることに気づいていないと言った。あなたが3人を殺したんじゃないですか?そして、あなたにも何か抱えている不満があるのではないですか?もし今言ったことが事実なら本当のことを全て話してください。僕たちは警察ではありません。あなたを今ここで逮捕することはできません。さぁ、話してください。本当のことを全て。』秋華は涙ぐんだ目で睨みつけるように私たちにこう言った。

『もし今誰かが私に苦しまない自殺の方法を教えてくれるのなら私は迷わず自殺します。』

その後、走って部活へと戻ってしまった。『追いかけないんですか?』叶芽は櫻山にそう聞いた。櫻山は『彼女が話してくれるようになるまで誰も逮捕してはいけない。逮捕してしまったら彼女の精神状態がもっとおかしくなってしまう。』と言った。でもあの言葉が彼女の出した最後のSOSだと気づいた時にはもう遅かった。

その日の夜10時頃1本のニュースが流れた。そのニュースの内容は学校の校舎の屋上から女子高生が飛び降り自殺したという内容だった。そしてテレビに映った名前と顔写真は間違いなく実津弓秋華のものだった。どうやら現場には遺書が残っていたらしい。その遺書を櫻山が急いで開示するよう警察に頼んだところ内容の1部を教えてくれた。その内容には『探偵さんと助手の方、私は苦しまない自殺って言ったけど死ぬ前のほんの少しの恐怖を乗り越えてしまえば自殺するより生きている方が苦しいってことに気づきました。』と書かれてあった。

櫻山探偵事務所には重苦しい雰囲気になっていた。


結局殺害した犯人が世間一般には分からないままこの事件は風化してしまった。

櫻山と叶芽は秋華から殺害の動悸が聞けないままこの事件が終わってしまい、依頼人の力になることはできなかったが、2人にはもう2度と彼女のような自分を追い込むようにして自殺してしまうようなことをなくそうと心の中で意気込んだ。叶芽の初めての事件は失敗に終わったが、そんなことよりも自分にはもっと別の寄り添い方やSOSにもっと早く気づけるようにしようと叶芽の考え方を大きく変えた事件は儚いようで前向きに叶芽の長い助手人生を変えることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵と助手 @ok34mr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画