私が進む物語
@Omoti_moti
第1話 別れ
物心ついたころから一緒に暮らしているのはおばあちゃんだけだった。
おばあちゃんはいつもニコニコとほほ笑んでいて、私もそんな笑顔にうれしくなっていつも笑顔でいようと心に決めたのを覚えている。両親は事故で亡くなった時に引き取ったのがおじいちゃんとおばあちゃんで、おじいちゃんも病気ですぐになくなってしまったそうだ。
だから私には家族と呼べる人はおばあちゃんだけだ。
そんなおばあちゃんが、亡くなった。
その時のことは鮮明に覚えている。
部屋で過ごしていると、ドンっと何かが倒れたような鈍い音がした。音が聞こえたほうに行くと倒れていたのは私の大事な家族。胸元を抑えて汗を流しながら苦しそうにしていた表情は今でも忘れられない。
どうすればいいのかわからなくて懸命におばあちゃんを大きな声で呼んでいたら、その声が近所にも聞こえたのかおじさんやおばさんが来てくれて救急車を呼んでくれた。
それでもだめだった。
12時47分。おばあちゃんが息を引き取った。
そこからはよく覚えていない。ただ心のどこかが空っぽになったような感覚だけがあった。葬式も終わり、おばあちゃんがよく滞在していた書庫。おばあちゃんがいたころは柔らかく暖かい場所だったのに、今となっては冷たくて静かだ。
「おばあちゃん……。」
呼んでも返事をくれる人はもう、いない。
高校の制服。入学式に行く前に見せてかわいいとほめられたかったのに、初めてのお披露目がお葬式になるとは思いもしなかった。目じりが熱くなり、視界がぼやけそうになったその時。何故か触れてもないのに本棚から本が滑り落ちてきた。
「風でもないし、なんでだろう……?」
窓は開いていないはずなのに。
不思議に思いながら落ちた本を拾うと、題名が書いてない珍しい本だった。中を開いてみても文字や絵すらない。パラパラとめくっているとはらりと紙が落ちた。
「これ……。」
本から落ちたものは写真だった。
小さい頃の私がおばあちゃんに抱き着いていて、互いにとても幸せそうな笑みを浮かべている。
ぽたりと、一度あふれてしまったらそれはもう止められなかった。
「おばあちゃん……、もっと一緒にいたかったよ……。」
写真を胸に抱きしめながらぼたり、ぼたりと大粒の涙が落ちた。
その瞬間視界が白い光に包まれる。
「なにこの光……!」
書庫全体が光に占領されながらも、片手の隙間から発生源を視認するとありえない光景が広がっていた。
先ほどの題名も書かれていない本が宙に浮きながら真っ白な光を放っていたのだ。すさまじい勢いでページはめくられ、そしてぴたりとあるページで止まると、そこで私の意識は途絶えた。
とある田舎の民家。書庫で本の閉じた音がすると、一人の少女が忽然と消えた。
さわさわと頬を何かが触れる。
思わずくすぐったくて寝返りをうてば、またもやさわさわと触れるか触れないかの微妙なラインで触れてくる。
髪の毛が風に吹かれて動いているのかなと思ったとき、突如鼻の頭がひやりとした。
「んぎゃ!」
まるで動物になめられたかのような、その感触が気持ち悪くて思わず飛び起きた。
「んきゅー!」
「へ?何の音?」
ころんと太ももに少しの重みを感じる。
自然に下を見ればウサギにしてはしっぽが体の半分くらい長く、犬にしては鼻が短いなんとも不思議な生き物がいた。体毛は空色をしており、染めたにしてはとても自然できれいな色をしていた。
さっき私が起き上がった衝撃で体毛が乱れたのか、くしくしと毛づくろいをしている。
「うさぎ……にしてはしっぽが長いし、何の生き物だろう?」
警戒心がないのか匂いを嗅いだのち、私の周りをぐるぐると回っている。
前足の付け根を支えながら抱えてみても逃げる様子はなく、むしろ嬉しそうに鳴いていた。
「警戒心無さすぎない……?というかここ……。」
風が吹く。
気が付けば自分はどこかの芝生で寝ていたみたいだ。あたりを見渡せばどこかヨーロッパを思わせるアンティークな塀や柵が芝生を囲むように設置されており、近くには見事に咲き誇っている花々。だが最後にいたのは自分の家の書庫で、すくなくともこんな見覚えのないところではない。
「どこだろここ……、とりあえず人探したほうがいいよね?」
よいしょっ、と立ち上がり人がいそうな場所を探す。どこに進めばいいのか迷っていると、キュウ!と先ほどの動物?らしき生き物が先を歩み、ある一定の距離でこちらを振り返り再び可愛らしく鳴く。
「ついて来いってこと、かな?」
ついていけば生き物はとことこと先を進む。
林のようなところを進んだときは少し不安を覚えたが、信じて進めばすぐに開けた場所についた。
そこはまるで海外のお城のような建物。写真や動画で見たことはあれど、実際に見たらその荘厳さは迫力があった。壁は白くシミの一つも見当たらない。目覚めた場所の芝生より人の手が入っていて噴水さえあった。
「てかここ入っちゃいけない場所なんじゃ……。」
管理の人に怒られたらどうしよう……、と一抹の不安を覚えていたらふと遠くで声らしき音が聞こえた。
どうやらこちらに近づいて来ているようだ。
「キュウ!」
「あ、ちょっ、待って!」
その音に反応したのか道案内をしていた生き物は嬉しそうに駆け出す。私も思わず追いかけると目の前には金髪の男の子が生き物を抱きかかえ、そして目が合う。
「…………。」
「ハ、ハロー……。」
反射的に英語であいさつはしたものの下手すぎて伝わってない様子だ。気まずい沈黙が場を支配する。
あまりの気まずさに冷や汗まで出てくる。
(言葉が通じてないよねこれ、英語ですら挨拶しかできないのにどうしよう!!)
わたわたと身振り手振りで伝わるかやってみるもその子は首を傾げ、口を開いた。
『お姉さんはどなたでしょうか?』
「へ?」
その言葉は自分が今までに聞いたことがない言語だった。
言葉が通じない場所に一人でいる。そのことを認識した瞬間手に力が入り、手汗が滲む。不安のあまり心臓の鼓動は早まり、言葉を絞り出そうとするも音は言葉にならない。どうしようと思うほどに頭は混乱してくる。
その時、すさまじい衝撃が身を襲った。思わず視界がちかちかと瞬いたが、状況を急いで確認すると私は誰かに腕をひねられており、身を地面に押さえつけられているようだった。
『ノア坊ちゃんに近づく不届き者は許しません。』
『アンナ、僕は大丈夫だよ!』
言葉はやはりわからない。だが自分を押さえつけている力は友好的ではなく、敵意を持っていることは明らかだ。男の子が何かを言っているが押さえつけている人はそれでも私を離す様子はなく、私はそのまま意識を手放した。
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