第4話 侯爵令嬢と夜汽車での出会い

 

 22:30 ムラーシ駅(ロベリア視点)

 

 ロベリア・アンジェリカは焦っていた。

「なんで、今日に限って…」

 話は数時間前にさかのぼる。

 

 大騒ぎの侯爵家を抜け出し、ロベリアが向かったのはマッカード中央駅から、北方面に二駅先の、南アオゲニア駅であった。

 侯爵家のタウンハウスはマッカード中央駅から北に数kmいった位置にあり、駅としてはマッカード中央駅から大きくカーブした途中にある1駅先の北マッカード駅よりも、さらに隣の南アオゲニア駅が徒歩圏内で30分程度の位置になる。

 侯爵家に戻る馬車の中で私は以前から計画していたティダ帝国への旅行計画を思い出し、改めて計画を立てた。

 とりあえず、国外追放を受けている身の上であるため、この王国からは早めに出ないといけない。

 そうなると、侯爵家の馬車を使うのは得策ではないだろう…そしてこの国にはそんなときの強い味方がある。

 鉄路、国際連絡急行インターナショナルエクスプレスである。

 この国から北西方向にあるティダ帝国へのルートとして、国境を接している西のガバナーレ国、または東のソレスタン共和国を経由するルートがある。

 一つ目がガバナーレ国の西岸・リスビーヌ港を経由する、最短ルートの「インターアーバン」ルート。

 二つ目が同じくガバナーレ国の北にあるデンバー港を経由する、第2ルートの「インターラビット」ルート。

 三つめがソレスタン共和国の南、レニンブルグ港を経由する豪華客船ルートの「インタースイフト」ルート。

 もちろん、国境を早めに通らないといけないため「インターアーバン」ルートが優位になるのだが、実はこのルート、旅行計画を立ててその時点で指定席を抑える必要がある人気ルートである。

 しかも、マッカード中央駅から西に向かうため、北東にある侯爵家のタウンハウスからだとマッカード中央駅に向かう必要がある。

 自慢じゃないがロベリアは、冤罪とはいえ罪人。

 そんな立場でマッカード中央駅に行ってみなさい…騎士団にでも拘束されたら自由に国外脱出なんかできないかもしれない。

 そうなると「インタースイフト」か「インターラビット」を使うことになるが、「インタースイフト」ルートは問題がある。

 一つは、船旅の時間が長い。

 何しろ北西にあるティダ帝国に向かうのに、一度南東のソルスタン共和国・レニンブルグ港からの船に乗る必要があるし、もう一つ悪いのはマッカード中央駅を経由しないルートで「インタースイフト」に乗れたとして、このレニンブルグからくる船は、一度この王国のナーハという港を経由する。

 自慢じゃないがロベリアは、冤罪とはいえ罪人(※再掲)。

 そんな立場でナーハ港なんて行ってしまえば…騎士団にでも拘束されたら自由に国外脱出なんかできないかもしれない(※再掲その2)

 そして、「インタースイフト」に乗らずナーハ港に行ける列車も存在はするが、国際連絡急行ではないため、マッカード中央駅を昼前に出発し、当日の21時の船に合わせるというダイヤのため、すでに今日は使用できない。

 というわけで残るは、「インターラビット」に、しかもマッカード中央駅を経由せずに乗る方法なのだが、王子の婚約破棄発表の時間が悪いせいで、ギリギリになってしまった。

 私が考えたのは、

  1日目 20:15 王城発

  1日目 20:40 侯爵家タウンハウス着

      20:55 タウンハウス発(徒歩)

      21:25 南アオゲニア駅着

      21:50 普通・シローナ行乗車

     (22:00 国際連絡急行『インターラビット』 マッカード中央駅発車)

      22:25 ムラーシ駅到着

      22:30 国際連絡急行『インターラビット』 ムラーシ駅発

      2日目未明に国境を超える

  2日目 13:30 デンパー港着

  2日目 22:00 デンパー港発 連絡船 ヨーカー港行

  3日目  7:00 ヨーカー港着

  3日目 12:00 ヨーカー港駅発 寝台急行「ノースエイト」 リバピーリ中央駅行

  4日目  5:00 リバピーリ中央駅着

というルートであった。

 このルート、ティダ帝国までの距離は短いのだが、何しろ、途中の乗り継ぎ時間が長い。

 そのうえ、連絡船が1日1便しかないため、明日昼にデンパーに到着するる国際連絡特急インターナショナルリミテッド『インターアクティ』でも同じ連絡船に乗ることになり、理論上追いかけてくることが可能だ…まぁデンパーは隣国の港なので、王国法は及ばない場所あることを慰めにしておこう。

 国外にはすでにいるわけだし。

 そのせいで『インターラビットは』多客期でもない限りめったに満員になることはほとんどない…そのおかげで急にティダ帝国に向かう用事ができた場合には有効なルートで、お客さんが少ないことで私もこの列車を利用できた。

 

 しかしそのお客さんが少ないというのが今回少し困ったことを引き起こしている。

『えー、お急ぎのところ大変申し訳ありません。

 まもなく到着の、22:30発・国際連絡急行『インターラビット』、デンパー行ですが、本日に限り当駅に23:00着の当駅止まりの列車を待っての発車となります。

 お急ぎのところ大変申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。

 なお、終着、デンパーには時刻通りの到着を予定しています』

「ふぅ…」

 なんというめぐり合わせ。

 実は、多客期でもない限り満員にならない『インターラビット』は、この接続はよくあることだそうだ。

 この列車は最悪デンパーに遅れてついたところで途中駅で時間調整で3時間ほど停車(寝台の睡眠時間を確保するため)するし、着いた後も数時間の連絡船待ちがあるので問題はないけれども、今の状況、できれば国境は時刻通りに越えたい。

(※その連絡船待ちの間にデンパー駅に明日朝マッカード中央駅発の『インターアクティ』に追いつかれる)

 ロベリアにはティダ帝国に弟がいるのは周知の事実なので、なぜか・・・追ってこようとした王子は、ロベリアが『インターアーバン』に乗ったと推察して東の国境方面に向かうと思っている。

 もちろん私は『インターアーバン』には乗っていないので、それが空振りになった後、私が『インターラビット』に乗ったと推察して北の国境に来る前までにこの『インターラビット』が王国を抜けてさえしまえば、彼の身勝手な理由で追ってくることはできなくなるはず…と考えて、それまでにできればガバナーレ国に入っておきたい。

 なので明日の『インターアクティ』を利用することも考えられない。

 そんなことを考えていると22:30、『インターラビット』はムラーシ駅の下りシローナ方面行ホームに滑り込んできた。

 ティダ帝国へのメインである『インターアーバン』や、豪華さを売りにした旅行の一端を担う『インタースイフト』のように一等車が組み込まれているわけでもなく、実用的な三等車が主で、そこに食堂・ラウンジ車と、二等車が申し訳程度に挟まれているビジネス仕様の国際連絡急行で、ついでに言えば連絡するデンパー~ヨーカーの1日1便の連絡船も1等船室はなく、2等船室よりも3等船室が多い一般旅行客向けの船で、出航も夜中の0時、到着が朝10時とティダ帝国でも貿易港がメインのヨーカー港で商談する客が大半のルートである。

 そんなルートだから、この『インターラビット』だけは、多客期を除きマッカード中央駅で乗り遅れた商人や貴族が、最終のムラーシ行に間に合えばムラーシで『インターラビット』を遅延させて乗り継ぐ、ということを鉄道会社公式に可能にしている。

 まぁ、とんでもないお金を請求されるので、よっぽど裕福な商人や貴族が、本当に大事な商談に遅れたという致命的な事態でもない限り使うことはないというが、今回はそんな事態のようだ。

「(なんで今日に限って…)」

 デンパーに早く着きたい、のではなく、国境を早く抜けたい私としては、これにはだいぶ焦れた。

 列車に乗り込み、指定された2等のコンパートメントを探して入ると、先客が一人。

「…失礼します」

「どうぞ」

 そこには、ティダ帝国の女性用軍服を着た黒髪のロングヘア-の女性が一人、コンパートメントに座っていた。

 今まで私の周りにはいないタイプの凛々しい女性だった。

 鋭い目つきに、女性としては低音のハスキーボイス。

 婚約者浮気相手で自称・・天真爛漫の男爵令嬢は論外として、公爵家や侯爵家の令嬢である友人たちもどちらかというとかわいらしかったり、優美だったりと、あまりボーイッシュな女性は周囲にいなかった。

 なるほど、人格に問題あって修道院に送られて女性ばかりの中で生活しても「恋をしたい」とか言い出すバ…件の男爵令嬢のような人物が惹かれる女性というのはこういうタイプの凛々しい女性なのだろう。

  

 そうこうするうち、23時ちょうど、最終ムラーシ止まりの列車がムラーシ駅2番線に入線した。

「すいませんすいません、申し訳ございません!」

 大きな声がムラーシ止まりの列車から聞こえたかと思うと、すぐに警笛でその声が聞こえなくなった。

 そしてゆっくりと『インターラビット』が動き出した。

 

 私は横の椅子に置いたカバンから、ひざ掛けを取り出し、目の前の彼女に声をかける。

「ご旅行ですか?」

「え、ああ…いや、旅行とは少し違うかな。

 このソレスタン共和国に少し用事がね…君は?」

「旅行です…ティダ帝国に弟が留学しているので、顔を見に」

「そうか…」

 口数は少ないが、ほほ笑むと優しい顔になる彼女は、「姉か、兄がいてその婚約者がこんな優しそうな人ならいいな」というタイプの女性だった。

「お仕事ということは…戦争かなにかが…?」

 軍服を着た人物が仕事、ということは、王国に軍事的な何かがあったということだろうか…少し不安になって聞いてみる。

「あ、ああ…この軍服か。

 いや、そういうわけではない…ソレスタン共和国に少し用事があってね。

 たいしたことではないんだ」

 そういってなぜかさみし気に微笑んだ…それが『絵になる』と思ってしまったロベリアに罪はないだろうというぐらい様になっていた。

「そうなんですね…」

 そんな話をしていると、コンパートメントの扉がノックされた。

「失礼いたします…よろしければ食堂車においでになられませんでしょうか。

 先ほどムラーシ駅からお乗りになった商家の方がお詫びにご馳走したいとのことで」

 ドアをたたいたのは車掌で、先ほどムラーシ駅で列車を待たせた紳士がお詫びに食堂車でご馳走すると言い出したらしい。

「まぁ、お姉さま、まいりましょう!」

「ああ、そうしようか」

 ロベリアは同室の令嬢とともに食堂車に向かった。

 

 食堂車で商家の旦那という恰幅のいい男性から食事を振舞われておなか一杯になった後、お姉様とともにコンパートメントに戻ると、コンパートメントの中はすっかり寝台の準備ができていた。

「本来はある駅を通過するとリネン係が準備に来るのだけれど、その前後でちょうど食堂車にいるタイミングだったのね…」

 お姉様こと、ティダ帝国の軍人令嬢、アリス様は何度もこのインターラビットに乗っているようで、その流れもわかっているようだった。

「さ、夜も深い、そろそろ休むとしようかな」

「あ、おやすみなさい、アリス様」

 ガチャリ。

 コンパートメントの鍵を閉めると、アリス様と私だけの空間に鉄道の走る音だけがガタタン、ガタタンと響いている。

 

 時刻は深夜の深い時間になり、今日のことを思い出す。

 この旅の始まりは、婚約破棄だった。

 正直全く性格の合わなかった第二王子からの婚約破棄は、正直ありがたいと思ったし、処刑だったら徹底抗戦するため準備はしていたが、国外追放だったのですぐさま認めてこの列車に乗ることを決めた。

 …多分、処刑をやめてほしいと泣きつくと思ってたんだろうなぁ…あの第二王子ナルシスト、自分が嫌われてるとは思ってないだろう。

 あとあの浮気相手のほうは、王子以外どうでもいいと思ってそうだからお似合いではある、いろんな意味で。

 …いや、むしろあの男爵令嬢は、ぜいたくにしか興味がないか…第二王子を狙ったのも贅沢したいくらいにしか思ってないんじゃないか…まぁそれでもお似合いだけれども。

 なので高位貴族として領地経営するとなれば…暗い未来しか見えない。

 そうなるとあの二人が結婚するなら、しりぬぐいする優秀な執事や使用人が必要になるわけで…ロベリアがあの場で何か言い出そうものなら「じゃぁ愛人として俺のそばにおいてやる」くらいのこと言いかねなかったなとロベリアは考えていた。

 まぁ…国境は無事超えることはできたし、婚約破棄とロベリアへの国外追放は自分から言い出したのだから、もうあの第二王子と私は無関係だ。

 侯爵令嬢、大公夫人候補という立場と祖国、そしてほとんど妃教育で友人も作れなかった人生を捨てても、お金を稼ぐ方法さえ見つければ自由、そういうことだ。

 今までは趣味の旅行すらできない王子の婚約者として過ごした挙句、婚約破棄されて傷物にされたわけだ、なんという不運な人生…しかし捨てられたからには一からやり直し。

 その第一歩がこの列車旅行だ。

 そう思いながら、目を閉じてしばらくすると私は夢の中に向かった。

 

 

 13:30 デンバー港(侯爵令嬢視点)

 

「ふぅー…長かったぁ…」

「お疲れ様。

 ここでの待機時間長いんだよな」

「そうですねぇ…やっぱりティダ帝国に行くなら、『インターアーバン』ですよねぇ…」

 私はやはり、憧れの国際連絡急行『インターアーバン』に乗りたかったが、ルート的に『インターラビット』しか乗れなかったし、今後の資金を節約しておきたいという裏目的もあり、やはりこのルートが最適なルートではあった。

 現在は昼過ぎだが、ティダ帝国に行く連絡船の出航は午後10時、かなりの接続時間はあるが、ティダ帝国に渡った後の王都行の急行は12:00発で、早めの時間に行ったとしても王都到着は早くはならないのでこの港町で接続時間を長くとることで、この町の経済を潤わせているらしい。

「…なぁ、ロベリア」

「はい?」

 どのみち22:00まで待つからと、一緒に過ごすことにしたアリス様と駅の中でゆっくりしていると、不意に私は名前を呼ばれました。

「君は…ティダ帝国についたらどうするのだ?」

「あー…弟の下宿にしばらく住んで、お仕事を探そうかと…」

 ティダ帝国に行く理由は、弟が留学しているので、仕事の先を探すための仮の部屋があることが大きい。

「…良ければ、なんだが」

 実は今朝起きてから、私がティダ帝国に行く理由についてはアリス様にお話ししていた。

「もし、来てくれるなら…私の、侍女になってくれないだろうか」

「…えっ…アリス様の、ですか」

 突然の提案に私は驚いた。

「…実は今回、私がソルスタン王国に来たのは、結婚相手を探すためだったんだ。

 しかし、見つからなくてね…ティダ帝国に戻ることになったんだが…今回の旅に出る前に、二人いた侍女が一人辞めてしまってね…。

 嫁に行くなら一人でいいかと思っていたんだが、戻るとなるともう一人探そうかと思ってね」

「…そうですか…」

「…少し考えてみてくれ。

 君が侍女なら、問題ないと思うんだ」

「…ありがとう、ございます。

 少し、考えさせてください」

 アリス様の少し寂しそうな顔を見て、すぐにはい、と言いたいところだった。

 ただ、なぜかその時少し考えさせてくれと言わなければいけないと思った。

 

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