第3話 第二王子の誤算

 

  22:35 マッカード中央駅(第二王子視点)

 

 第二王子は呆然と立ちすぐしていた。

 先程、国際連絡急行「インターアーバン」が出発した1番線にはすでになにもなく、今日この駅を発車するのは、4番線からの普通ムラーシ行きのみになっている。

 侍従のマックは何も動かなくなった主にかける声も思い浮かばず、隣のホームで発車待ちするムラーシ行き普通列車に乗りながら、寂しくなった頭を駅員に下げてる恰幅のいい初老の男性の姿を見ていた。

「なぜだ…ロベリアはなぜいない…」

 アンタが捨てたんだろうが…裸の王様に「裸だ!」と言える子供がこの場にいたら、そう吐き捨てただろう。

 なんでアンタの方が、捨てられたみたいな態度が取れるのか、侍従ですら思う。

 ロベリア嬢がいなければ、この王子は今後貴族社会を生き抜ける力はないと、この場の侍従も護衛も、そして王城で留守を預かる側近もまとめ同じことを思っている。

 それがわからないのはこの王子だけ…いや、そんな王子を誑かしたあの下品な男爵令嬢もだが、たった二人だけだった。

「いや、まだだ…きっとアイツは、我々の目を盗んで「インタースイフト」に乗ったはずだ…明日の夜、ナーハ港に、来るはずだ…」

「ほう、一体誰が来るというのですか?」

「ロベリアだ!

 俺をコケにした、ロベリアだよ!」

 そう言いながら王子は目の前にいた侍従の顔が、唖然としていることに気づいた。

 そして背中に殺気を感じ、恐る恐る振り向くと…。

「まさかそのロベリアとやらは、私の娘のことではありますまいな…あなたが、先程夜会で勝手に婚約破棄を宣言して傷ものとした、うちの自慢の娘では、よもやありますまいな!?」

 そこには普段あまり感情を表に出さない財務卿、アンジェリカ侯爵が、和かではある物の、額に青筋を立てて立っていた。

「こ、侯爵、な、なぜここに!?」

「あなたのお父上に話があって夜会を抜けたら、ロベリアが国外追放になったと聞きましてな。

 娘がどんな国外追放になるような大それたことをしたのか、当事者に聞くためあなたを探しておったのですよ」

「なっ、あっ、いや…その…」

 ロベリアに非はない、国王がそう認めているのは当然侯爵は知っており、王子が勝手に話を進めたこともわかっている。

 その上でわざとロベリアに非があるような言い回しで、第二王子を問い詰めることにした。

「…まぁいいです。

 殿下はどのみち、ロベリアと関係のないお人ですからな」

「ロベリアは俺の婚約者だろう!?」

「何をおっしゃいます。

 あれだけ人がいる前で婚約破棄を突き付けておきながら、まだ婚約者のおつもりで?

 我々アンジェリカ侯爵家としては、王家とのつながりなど不要、国王陛下から無理やり結ばれた婚約で、殿下の一存でいつでも白紙にできた婚約ですぞ」

「…なん、だって…?」

 さすがの第二王子も旗色が悪くなってきたことがようやくわかった。

 第二王子とロベリアの婚約は、第二王子が父である国王を説得できるだけの材料があれば、簡単に白紙に戻せた婚約だった。

 そしてアンジェリカ侯爵家は国王に第二王子の浮気癖を理由に何度も婚約解消を申し出たにもかかわらず、国王としてはロベリアを王子妃として第二王子の横で補佐をすれば大公を任せられると突っぱねてきているため、実はロベリアとしては結婚前に白い結婚を申し出て2年で離縁しようという心づもりだった。

「それをここまで大事にして、娘を罪人扱いし、国外追放を言い渡し…しかもハニートラップに引っ掛かるなど…」

「ハニー、トラップ…ま、まさか!?」

 そこで唐突に出たその言葉に、第二王子は驚愕する。

「あなたがご執心の男爵令嬢…王弟殿下の元側近で謀反を企てていた伯爵家の子飼い男爵家の娘です。

 王弟殿下が王位に執着がないとわかるや、あなたの婚約者である中立派の軸である我がアンジェリカ侯爵家を窮地に立たせ、中立派が崩壊したところで、第二王子派に吸収する心づもりだったようですな」

「…ば、バカな…そんな…」

「あぁ、あの男爵令嬢はそんなこと知りませんよ?

 男爵に言われるがままあなたに近づき、王子妃になれば贅沢な生活が送れると思っていた、それだけだったようです」

「…」

 第二王子は足から力が抜け、その場に跪いた。

「…殿下、なぜロベリアを嫌ったのです?」

 最後、父としてロベリアの頑張りを知っていたアンジェリカ侯爵は、第二王子に一番聞きたかったことを聞いた。

「…そ、それは…わからぬ…わからないんだ。

 ロベリアに非はない…嫌ってもいない…いないはずだ…」

 初めて会ったあの日、ロベリアは誰よりも完成された『令嬢』だった。

 そんな彼女が一番王子妃にふさわしい、そう思って彼女を婚約者に決めた父に、そういうものかと思った覚えがある。

 しかし彼女は優秀すぎた。

 第二王子ができないことをいとも簡単にやってしまうロベリアに、嫉妬したのは事実だ。

 マリアージュ男爵令嬢はそんな嫉妬の炎を第二王子がくすぶらせているときに学園で知り合った。

 『殿下は殿下らしくいればいいんですよ!』

 そう天真爛漫にほほ笑んだ男爵令嬢をいとおしいと思った…そして、彼女は自分の武器・・をすべて出し切り、第二王子を篭絡した。

 そんな中、マリアージュからロベリアにいじめられると話を持ってこられた。

 ロベリアは「そんなことしておりません」とだけ答え、こちらが何を言っても否定するばかりで、婚約者を取られそうであるという焦りすら見えなかった…それはそうだ、内心『早く婚約を白紙に戻してくれ』と思っていたのだから。

 それが腹立たしく、それ以降は『庇護すべき男爵令嬢マリアージュ VS 悪役侯爵令嬢ロベリア』で頭が固まってしまった第二王子は、ロベリアの心を読み違えた。

 今ようやくわかった、ロベリアこそが自分を前に進めてくれる存在、マリアージュこそが真の悪役令嬢だったのだ、と。

「…殿下。

 陛下からお手紙です…ロベリアとの婚約破棄、そしてあなたの処遇です」

 それを受け取ると、一通り第二王子は目を通し、下を向きながら力なく笑った。

「…ふっ…」

 ”お前は北の離宮で過ごすことを命ずる”、見覚えのある父の字は、そうつづられていた。

 王家からの追放という処分はさすがに重いということから、何とか国王は『幽閉』でアンジェリカ侯爵を納得させた。

「…侯爵、今まですまなかった。

 ロベリアにもよろしく言っておいてくれ…」

「殿下…はい、では王城まで参りましょう。

 国王陛下がお待ちです」

「…ああ」

 そういって、力なく第二王子はすべての列車が発車し、誰もいなくなったマッカード中央駅から王家の馬車で王城へと向かった。

 

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