第2話 消えた? 侯爵令嬢
20:30 王城 国王執務室(国王視点)
「それで、陛下。
どうやって、ことを納めるおつもりで?」
背中に冷や汗が流れるのがわかる。
「すまぬ…バカ息子が至らぬばかりに…」
「謝罪は結構。
こうなった以上私がずっとご提案しておりました王家有責による婚約破棄はお認めになりますな?」
財務卿であるアンジェリカ侯爵はにこやかに…いや、よく見ると額に青筋は立っているが…そう提案してきた。
「…もちろんだ…王家有責に加え、第二王子は王位継承権はく奪とともに伯爵位を与えて臣籍降下しよう…」
国王陛下としては、王族の王位継承権はく奪は十分罰になると思いそう提案した。
しかしさすがににこやかな表情は少し引きつらせながら、アンジェリカ侯爵は声を張り上げた。
「はっ!
あれだけ娘をないがしろにして浮気をして、伯爵位を与えるなど生ぬるい対応をされるのですか!
息子様をさぞ大事にされているのでしょうね。
それにあの方に伯爵位など、領地の民は貧乏くじですな」
伯爵位ともなれば、領地を与えて運営させるのが当然だが、侯爵としては第二王子が領地運営ができるとはつゆほども思っていない。
「…では領地なしの男爵位にするしか…」
「貴族位として残すというのが最低ラインと…あのような我儘浮気男に育てるだけありますな、陛下?」
「…すまぬ」
さすがに、王家から「将来の大公夫人としてロベリア嬢がいれば、第二王子とはいえ大公位くらいは行けるだろう」と言われて、国の将来のためとロベリアは時間を使ってきたが、それを「親が勝手に決めた婚約者だし、別に相手をする必要もない」と侍従に行っている第二王子に大切な娘を嫁にしないといけない侯爵は、普段から婚約を白紙にと言い続け、最近では「第二王子が何かやらかしたら、その行動でロベリアが傷つく度合いによって婚約白紙か婚約破棄にすると決めていた。
今回のケースでは間違いなく婚約破棄、プラスしてそれ以上の制裁を加えろとアンジェリカ侯爵は行っているわけだ。
事実、第二王子はそれだけのことをしていると国王も考えていた。
「…さて私は一度戻ります。
娘は先に家に戻ったといいますからな…明日にでも改めてお話をお聞きに来ましょう」
「…わかった」
いうが早いか、侯爵は国王執務室を出ていき、国王は第二王子に対する処罰について宰相と相談し始めた。
そのまま家路につこうとしたアンジェリカ侯爵だったが、その途中に忌々しいあの第二王子の部屋の付近を通る必要がある。
そこで、何やら王宮メイド長と宰相令息であるポールという二人が困り顔で立ち話をしていた。
「…何かあったのかね?」
第二王子の関係者である
「あ、アンジェリカ侯爵様…も、申し訳ございません…」
「…何かあったのかね?」
「…だ、第二王子殿下が…ロベリア様を探しに行くと言い出しまして…」
「何? 何のためにだ、自分から婚約破棄を言い出した輩が」
宰相令息の彼は、第二王子の側近候補ではあるものの、思慮深い宰相に似て慎重なところがあり、ロベリアと第二王子両方に配慮するような人物で、かなりの苦労人といえる。
そんな彼がアンジェリカ侯爵にここまで困り顔で話をした内容は、あまりに身勝手なものだった。
「…そうか、あの
…ありがとう、ポール宰相令息、これは十分な情報だ…このことは陛下に相談しよう。
君には悪いようにはしない…心配しないでくれ」
宰相令息は申し訳なさそうに「ありがとうございます、財務卿閣下」と深々と頭を下げた。
生まれた年が悪く、第一王子と年齢が離れていたから第二王子の側近になっただけで、次男とはいえ彼は宰相の器だ。
ロベリアの婚約者にしてもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、アンジェリカ侯爵は国王執務室へと戻った。
21:15 マッカード中央駅(第三者視点)
国際連絡急行に乗ろうとする人や家に帰ろうとする人でにぎやかなマッカード中央駅。
第二王子は、駅に到着するや否や5番線に向かい、間もなく発車時刻になる「インタースイフト」の乗客を眺めていた。
まだ王子は余裕だ。
何しろ、ロベリアが「インタースイフト」に乗った場合、実は取り逃がしてもさほどの問題はない、何しろこのルートをたどった場合、明日夜に王国南部の港・ナーハを経由してティダ帝国に向かうことになるため、インターアーバンに乗っていなければ、ナーハ港で明日待ち伏せすることができる。
最も警戒すべきは「インターアーバン」を使ってティダ帝国に向かう最速ルートだが、この列車に合わせ22:30、いや、その前の第2ルートである「インターラビット」の発車時刻22:00に間に合わせればいい…そう考えてはいるのだが、22:00の「インターラビット」は途中の待ち時間が最も長く、また、路盤も貧弱な地域を走るため列車本数も少ないため、「インターラビット」に乗るところををマッカード中央駅で押さえない限り、このルートを使う可能性は少ないと王子は踏んでいた。
そうこうするうち王子の目の前にいるソルスタン共和国・レニンブルグに向かう国際連絡急行「インタースイフト」が蒸気を上げ始め、ゆっくりと列車が動き出した。
「ロベリア嬢らしき乗客は一等車・二等車・三等車ともなし!
発車ぎりぎりの駆け込み乗車も男性のみです!」
護衛の一人からの報告結果に満足そうにうなずき、王子は次の発車、「インターラビット」の発車する5番線に移動し始めた。
「まもなく3番線、ムラーシ方面のシローナ行発車します。ムラーシから先、シローナまでの最終列車です。
お乗り遅れありませんようご注意ください」
北のガバナーレ国の国境に近いシローナに向かう最終普通列車が隣のホームから発車するアナウンスが流れる。
時刻は21:40。
この北に向かうシローナ行の発車の後、こちらは本当の最終の東のソルスタン共和国との国境手前にあるカリービ行、そして西のガバナーレ国との国境のレセル行、そして最後の最後、シローナまでの最終列車・シローナ行と相次いで発車することになる。
「インタースイフトにはいませんでしたね…」
「かまわん。
インタースイフトはもう一度王国に戻るルートだ。
今夜はインターラビットから警戒すればいい」
まったく慌てる様子もなく、王子は3,4番線ホームの椅子に腰かけ、発車していくシローナ行を見送った…もちろんこの列車に乗っていないことも確認している。
そしてほどなく、国際連絡急行「インターラビット」が3番線と反対側の4番線に入線してきた。
ティダ帝国行メインルートだけでなく、ガバナーレ国の国都を経由するため豪華な設備の「インターアーバン」にはもちろん、ティダ帝国へのメインルートではないが、ソルスタン共和国へのメインルートである「インタースイフト」にも一歩劣る設備の2,3等国際連絡急行である。
結んでいるのも、ガバナーレ国北部の田舎港・デンパーからティダ帝国でも寂れたヨーカー港を結んで、ガバナーレ国の首都も通らず、接続時間も長いため、あまり利用する人もいない。
侍従のマックは、人目を惹く黒い髪の騎士のような装いをした女性が二等車のコンパートメントに入るのを横目に、ロベリア嬢を探し続けていた。
そもそもこの列車は、ムラーシまで乗れば先ほど発車したシローナ方面へ最終普通列車に追いつくため、国際連絡急行としては唯一、ムラーシ以降の最終列車として酔客が三等車に乗ることもある。
インターラビットは利用率がいまいちということもあり、それ以外のインターアーバン・インタースイフトは国境近くまで停車しないのに対し、インターラビットはこのような酔客を乗せ、ムラーシで最終のシローナ行を待ち合わせる。
そのまま寝過ごして国境を超えるということもよくあるので、よほどのことがない限り、酔客もムラーシから先に行く乗客シローナ行に間に合うように乗り、また、ムラーシまで行く客は本来の最終ムラーシ行がまだあるので、あまりその用途で使うこともないらしいが…。
21:58、国際連絡急行「インターラビット」の機関車は白煙を吐き出し始める。
「4番線ご注意ください、ガバナーレ国デンパー行、
お乗り遅れ、お乗り間違いございませんようご注意ください」
アナウンスがインターラビットの発車時刻を告げる。
「…殿下、ロベリア嬢はいらっしゃいませんでしたね」
「そうだな。
まぁ本命は『インターアーバン』なのだが…チケットがな…」
実はこの30分の間に『インターアーバン』の切符について調べており、すでに数日前にチケットは完売していることがわかった。
つまり、インターアーバンは『今日婚約破棄を告げられたロベリアがいきなり乗ろうとして乗れる列車』ではない。
もちろん念のため『インタースイフト』『インターラビット』の2列車も同じように調査したが、前者はそこそこ空きがあり、後者は特にロベリアが乗る可能性のある二等車のチケットはほぼほぼ売れていなかったし、三等車もかなり残っていた。
そのため、その情報があった後はインタースイフト、もしくはインターラビットを使ってティダ帝国に向かうだろうと王子も従僕も考えていた。
さらに言えば、この3列車いずれにも乗っていなければ、明日のナーハ港でソルスタン共和国からくる船に乗るかもしれない。
「…そうなると、もしかして当初予想していたように馬車を使ったのか…?」
「アンジェリカ侯爵家にはお忍び用の馬車があるのかどうかわかりませんが…あればそちらを使ったのでは?」
「…そうなるだろうな。
そうなれば鉄道車内よりも先に、国境に連絡してアンジェリカ侯爵家の馬車を通さないように連絡しておけ」
そうこうするうち、インターラビットはマッカード中央駅からゆっくりと動き出した。
駆け込み乗車がいないか確認してからとりあえず、1番線のインターアーバンのホームへと向かうことにした。
22:00 アンジェリカ侯爵邸(アンジェリカ侯爵視点)
「なにぃ!?
ロベリアが家から出てしまった!?」
王城から何とか屋敷に戻ったアンジェリカ侯爵を待っていたのは、いやにがらんとしている侯爵家だった。
家に残っていたのはさめざめ泣いていた夫人と夫人付の侍女の二人だけで、侯爵は泣いていて何も言えない夫人ではなく、侍女からすべてのあらましを聞いた。
「…そういうことか…。
ロベリアは…
泣いている夫人をなだめながら、そんなことをぽつりとつぶやく。
ロベリアの弟である嫡男は現在ティダ帝国に留学させている…というのも、年齢から言って王太子である第一王子の側近にはできず、姉のロベリアが王家のごり押しで婚約者になっていたこともあり、そのままこの国に残っていれば間違いなく第二王子の側近として姉弟ともども不幸になるだろうことは予想できたため嫡男だけでも、とティダ帝国に留学させ財務卿はほかの人物に任せ嫡男の後継者教育をすることにしていた。
ロベリアには申し訳ないと思いつつ、いくらダメな男でも、
しかし、相手が今回「よほどのこと」をしてくれたので、王家有責の婚約解消と、もはや王家に害する存在の第二王子、そして社交界で鼻つまみ者の男爵の娘を、罪人にできたのは幸いである。
というのも本来高位貴族の犯罪は国王が裁くことが義務付けられているにもかかわらず、第二王子が独自の自分に有利な言い分のみを集めて勝手に言い渡した上に、そもそも一般的にみれば冤罪で、国王が選んだ王子の婚約者を国外追放などという事態を引き起こし、国王の円滑な国家運営を妨げた国家反逆罪に問うことを国王にようやく認めさせた。
そこまで考えて国王に突きつけ認めさせたアンジェリカ侯爵だったが、このことをほかならぬロベリアのために行ってきたというのに、その間にそのロベリアが逃げたと聞き、動揺を隠せない。
「…そういえば」
そこで第二王子の部屋の前で、側近の宰相嫡男が行っていたことを思い出す。
『殿下はロベリア様を探しに…マッカード中央駅に…』
「…いかん」
そういうが早いがアンジェリカ侯爵は、屋敷を跡にした。
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