悪役令嬢は夜汽車に乗って ~旅の始まりは婚約破棄~
粟飯原勘一
第1話 事の起こり
王国歴53年8月9日 20:00 王家の夜会にて(侯爵令嬢視点)
「ロベリア・アンジェリカ、君との婚約、この場で破棄させてもらおう!!
そして、マリアージュ男爵令嬢への誹謗中傷により、国外追放を命じる!!」
壇上に上がった私の婚約者で、第一王子殿下が何やら聞き捨てならないことを言い出した。
「…国外追放?
いま、国外追放と!?」
「…食いつくのそこ!? …って早い!! もう殿下の前まで!?」
名指しされた私ことアンジェリカ公爵家長女・ロベリア・アンジェリカは、陛下からの招待状という逃げ場のない夜会に仕方なく出席したにも関わらず、婚約者からはエスコートされず、壁の花になってシャンパンを飲んでいたところ、壇上ですべての婚約者の責務を放棄した、浮気者が何やら言い出したのを見ていたところ、私の名前を出され、聞き捨てならないことを言われ思わず刮目しました。
…そのポイントがずれていることに、隣にいた友人のユリア――ユリア・ホーミー伯爵令嬢にはあきれられているようですが。
「殿下!!」
「わぁ!! いきなり現れるな!」
「そんなことより、今国外追放と!? 国外追放ですか!?」
「は? あ、ああ、その通り、貴様のような薄汚い…」
「そんなことより、国外追放ですね! わかりました、今すぐ国から出ていきます!!
では、アデュー!!!!」
そういって私は全速力で会場を跡にしました。
「ま、まて、ロベリア、話は…」
まだ殿下が何か言っているようですが、知りませんよそんなこと。
「デュオ!! 屋敷に向かってちょうだい!!
早いとこ用意しなきゃ!!」
「お、お嬢様!? いったい何を…」
夜会も始まったばかりのこの時間に馬車に戻ってくるとは思わなかった御者のデュオが驚きながら、主人の命令に逆らわずすぐに馬車を屋敷に向けて走り出してくれました。
それにしても国外追放か…。
正直なりたくもない殿下の婚約者を数年にわたって務めあげた、
というのも西の隣国の一番西の港から大陸に渡る船に乗ったティダ帝国に弟が留学をしているため、その下宿を拠点に就職活動をするつもりで、まずはティダ帝国に向かうことにする。
とりあえず家についたら、殿下(たぶん彼の侍従が無理に選んだんだろう)が申し訳程度に送ってきた、私にはまったく似合わないいくつかの宝石やらアクセサリーを持っていけばなんとか、
20:30 アンジェリカ侯爵家(侯爵令嬢視点)
「戻りましたわ!!」
「何ですか騒々し…ってもういない!?
ロベリア!!」
説教しようとしていた母の横をすり抜け、自分の部屋に向かうと、宝石やアクセサリーを入れた箱と、本を数冊、そして普段着を何着かバッグに入れて準備を始めました。
「お嬢様!! 何ですかこの騒ぎは!!」
普段冷静なメイド長が私付のメイドから連絡を入れられたようで金切声を上げて私の部屋に入ってきます。
「いいの!! 私は自由なの!!
早く支度を整えないと時間がないの!!!」
そういってメイド長もろとも私付メイドを部屋から追い出し、一人で着られるワンピースと帽子をまとい、ためていた小遣いと宝石に必需品と数着の服を入れたバッグを持ちあげます。
「ロベリア様、いったい…な、なんで旅支度など…」
ようやくこの部屋にたどり着いたメイド長とお母さまが私の姿を見て衝撃を受けている。
「あぁお母さま、不肖の私・ロベリア・アンジェリカは
つきましてアンジェリカ侯爵家にご迷惑をおかけしないためにも、この場を立ち去り、
「な、なにをおっしゃっているのです!」
ドサッという音とともに、メイド長が何やら叫んでいた。
すぐさま「ドサッ」という音がお母さまが気を失ったものと知ると、メイド長はお母さまを支えるのにいっぱいいっぱいになります。
私はその機を見逃さず、かかとの低い靴を窓から下に落とし、そのまま窓から部屋を抜け出しました。
「ろ、ロベリア様!! お待ちください!!」
メイド長が金切声を上げているけれど関係ない、待てと言われて待つバカはいませんわ!!
さぁ、
20:30 王城 第二王子専用応接室(第二王子視点)
一方、夜会が行われていた王城はパニックになったので、ひとまずその加害者たる第二王子と浮気相手のマリアージュ男爵令嬢は、自分の部屋の隣にある応接室へと来ていた。
何しろ王太子の婚約者が婚約破棄、そして国外追放まで言い渡されたのだから仕方がないといえばそうなのだが…。
王太子としてはそれ以上に誤算だったのは、ロベリアが「そんな罪は犯していない」「捨てないでほしい」と泣き崩れることを計算し、「悔い改めるのならば愛妾にしてやろう」と提案し、第二王子の執務はすべてやらせる、という手筈だった計画が完全に破綻した。
…日ごろから「お前が優秀だと思われると俺が侮られる。優秀なところは見せるな」「お前の姿かたちが気に食わん」と暴言を吐かれれば、なぜ泣き崩れるなどと思っているのか、周囲の人間からすれば不思議でもなんでもなかった。
それがわかっていないのは第二王子と、被害者面して王子に取り入ったマリアージュだけだった。
「ロベリアはどこへ行ったのだ!!
あいつがいないと俺の執務が増えるではないか!」
増えるどころか、彼が行っているのは本来第二王子が行うべき執務の100分の1もやっていない…残りはなんとか「お前らで勝手に処理しろ」と言質を取ったうえで、ロベリアが侍従とともに代理として国王陛下に許可をもらって執務を行っていた。
最もロベリアとしてはその行動は「王家のために、国家のために」であり、第二王子のためにやっていたことではないので、処刑するなどと言われればともかく、国外追放なら喜んで国外に向かうことにしていたのだ。
「まったくですわ、殿下!
あの方には責任感がないのですわ!!」
金切声で喚くマリアージュだが、おもわず侍従が「お前が言うな」という顔をしても彼女は知らん顔。
王子妃の責務を全く考えず、ただ贅沢をするために嫁ごうとしているのだから、厚顔無恥とはこのことだ。
国王も王妃ももともと、「アンジェリカ侯爵令嬢を大切にしろ」「お前が第二王子、将来大公になるために彼女が必要だ」と言い続けていたため、今回の件では激怒することは目に見えており、王城が落ち着いたら出頭するよう侍従にはすでに伝えられていた。
「…令嬢が一人で国外へ行くには…鉄路か船…」
侍従の一人がぽつりと声を出す。
実はこの国をはじめとする周辺国では、鉄路を整備しており、中でも他国に数日で向かうことができる「
特に大国であるティダ帝国に行くルートはビジネス、旅行とも人気があり、王国の南のナーハ港や隣国・ガバナーレ国の港などから連絡船がティダ帝国に向かって出航しており、国際連絡急行はその航路とつながってティダ帝国に向かう大動脈を形成している。
そのため、ティダ帝国に弟がいるなら、国外追放になればティダ帝国に向かうため、いずれの航路で出ることが考えられる。
そしてその連絡船に乗るには、鉄路を利用するのが早道だ。
「なんだって?」
その侍従・マックの言葉に第二王子が反応する。
「あ、いえ…アンジェリカ侯爵令嬢が、殿下のお言葉通り国外追放する場合に、国境を超えるとしたらそれしか選択肢がないかと思いまして」
「馬車で国境を超えるという線はないのか?」
王子としてはむしろ、家の馬車で秘密裏に国境を超えるということしか考えていなかったため、この意見を意外そうに聞いてきた。
「我々もそう思って国境にはすべてに電話で通達を出しました。
しかし考えてみれば、国外追放を言い渡されたときに、彼女は急いでいました…侯爵家の馬車で国外へ行こうとするなら、別段急ぐことはないはずです。
もしかすると、国外追放と聞いて、鉄路か航路で国外に向かうための時間を考えていたのではないか、と思いまして」
「…なるほどな」
「そういえばあの女、ティダ帝国に妹だか弟だかいませんでしたぁ?」
マリアージュは甘えた声でそんなことを言い出す。
「それだ!!
マック、今夜中に発車する鉄路を通って、航路でティダ帝国に向かうにはどうすればいい?」
「そうですね…」
そういってマックは旅程をまとめた。
①1日目22:30 マッカード中央駅発国際連絡急行「インターアーバン」リスビーヌ港行(ガバナーレ国西端の港)
1日目中に国境を超える
2日目18:00 リスビーヌ港着
2日目19:00 リスビーヌ発 連絡高速船 ボシント行
3日目 4:00 ボシント港着
3日目 5:30 ボシント港発 特急「スーパースター」 リビパーリ中央駅行(ティダ帝国王都)
3日目12:00 リビパーリ中央駅着
②1日目21:30 マッカード中央駅発国際連絡急行「インタースイフト」 レニンブルグ港行(ソルスタン共和国南の港)
1日目中に国境を超える
2日目10:30 レニンブルグ港駅着
2日目12:00 レニンブルグ港発 連絡船 ボシント行
(この間2日目21:00頃王国南部のナーハ港に到着、22:00発)
3日目14:30 ボシント港着
3日目18:20 ボシント港発 寝台急行「サウスセブン」 リバピーリ中央駅行
4日目 5:00 リバピーリ中央駅着
③1日目22:00 マッカード中央駅発国際連絡急行「インターラビット」 デンパー港行(ガバナーレ国北端の港)
2日目未明に国境を超える
2日目13:30 デンパー港着
2日目22:00 デンパー港発 連絡船 ヨーカー港行
3日目 7:00 ヨーカー港着
3日目12:00 ヨーカー港駅発 寝台急行「ノースエイト」 リバピーリ中央駅行
4日目 5:00 リバピーリ中央駅着(18時から寝台利用可能、また途中駅で3時間の時間調整あり)
「…①じゃないのか、どう考えても」
工程表を見て王子がつぶやく。
②③というどう考えても時間がかかりすぎるルートを貴族が選ぶとは思えない、というのが王子の意見だ。
「ですが、一刻も早く国境を越えたいとロベリア嬢が思ったならば、②が一番最初に王都を出発します。
恐れながら、もしご令嬢をお引止めするなら、この「インタースイフト」がマッカード中央駅を出発する21:30までに我々も駅に行くべきかと…」
「ちょっと、殿下がいかなくてもいいでしょう!!
あんな女、アンタが行って連れ戻せば…」
男爵令嬢は王子が行く必要がないと言い出すが、王子は余裕の笑みで答えた。
「いや…俺が行こう。
あいつは俺に惚れているからな、「今戻れば許してやる」といえば戻ってくるはずだ」
「いやん、殿下さすがですわ!!」
二人以外にこの部屋にいる侍従や護衛の騎士は思った…「いや、それはない」と。
しかし誰もそれを指摘しなかったし、指摘しても無視されただろう。
「…それに、21:30までに到着しておけば、ほかのルートの国際連絡急行に乗ろうとしても捕まえられる。
我々は一刻も早くマッカード中央駅に向かう!」
「はっ!」
侍従と護衛の騎士はそう声を合わせると、王子とともにマッカード中央駅に向かった。
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