第26話 四女、誕生する

 蜜の採取をしていたビオラとイクシアの耳に突然ペパーミントの泣き叫ぶ声が聞こえた。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! ままー!! ねぇねー!! たすけてーーーー!!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 何事かと驚いて顔を上げた二匹の視線の先で、ペパーミントは野生の人間(裸の、またしても中年男性)に追いかけられていた。


 またか、これは通過儀礼なのか?と思うビオラは二度目ということもあって落ち着いていた。

 カウボーイハットを手で押さえながら颯爽とペパーミントと変態の間に割って入ったビオラはちょっと格好つけながら腰のリボルバーを抜き、バァン!と変態に向かって撃つ。見事に命中し、動きを止めた変態に向かってビオラはバァン、バァンと容赦なく追撃し息の根を止めた。リボルバーの銃口からあがる煙を吹き消しながらビオラは決め台詞を放つ。


「ふっ… あとでマナ肥料にしてあげるわ。 大地に還りなさい」


 と、格好つけているビオラの背後でペパーミントはガクガク震えながらイクシアに抱きついていた。


「大丈夫、大丈夫よ。 お母さま強いでしょ?守ってくれるから。 それにね、これはお姉ちゃんも経験したことだから。誰もが通る道だから心配しないで、ね」


 誰もが通る道ではないだろう、と心のなかでツッコミを入れたビオラだったが、心のケアはイクシアに任せておけば大丈夫そうかと安心もした。


「イクシア、このまえ育てたリッチフラワーとビーンスプレーを植えましょう。また野生の人間が湧いてくるかもしれないから」


「そうですね。 ペパーミント、お手伝いしてくれる?」


「うん!」


 イクシアは分かっている。心に傷を負ったときは何もしないでいてはいけないと。例え関係のないことでも何か行動をさせて気を紛らわせるべき、それが心に負った傷に対しての対処であれば尚良く、更に自分の手でそれを行うとなれば本人の自信にも繋がるために最良である。イクシアは良いお姉ちゃんである。


 前回の魔法植物の育成でできたのは、リッチフラワーが四株とビーンスプレーが三株である。イクシアはリッチフラワーから生成されるマナとビーンスプレーで消費されるマナの釣り合いを考えて、今回はリッチフラワー一株とビーンスプレー三株を植えることにした。ただちょっと、これでは防衛に不安が残る。


「お母さま、空いたプランターで今度は二つともビーンスプレーの育成を始めようと思うのですが」


「うん、そうね。 リッチフラワーはまだ残り三株もあるし」


「それと、シュータスとコーンスプリンクラーの育成も考えようと思います。 肥料の材料にシュータスはタバコ、コーンスプリンクラーはトウモロコシが必要なのでバラ園の隅で育ててもいいですか?」


「うん、いいよ。 トウモロコシなら余ったら食料にもなるでしょうし、ちょっと多めに植えちゃおう。 タバコはちょっといい思いではないけど…仕方ないか。こっちはあまり多く作らないようにしよう」


「はい。 じゃあ、ペパーミントもお手伝いよろしくね」


 元気よく「はい!」と答えたペパーミントとイクシアは仲良くビーンスプレー育成に必要な肥料を取りに倉庫へと向かった。




 その夜。ピシッと孵卵器の卵が割れた。元気な産声をあげて産まれた娘を抱き上げてビオラは言う。


「はじめまして、グラジオラス。 よろしくね!」


「やったぁー! いもうとだぁー!うまれたー!」


 ペパーミントは妹の誕生に大はしゃぎである。


 ビオラは抱いているグラジオラスの顔を覗き込み思う。この子、ちょっと頭が弱い?でも肺が強そうな気が……


 産まれたグラジオラスの遺伝的な特性は【毒無効肺】と【低い学習能力】という、効果は文字通りそのまんまな遺伝特性であった。


 グラジオラスの特性を感じていたビオラの服の端をペパーミントがグイグイと引っ張る。


「ん? どうしたの、ペパーミント」


「あのね、まま。 ぱーてぃしよう!」


「パーティ?」


「うん。 グラジオラスのおたんじょうぱーてぃ!」


 幸せいっぱいのペパーミントに向かってビオラもニコリと笑って「よし、やろうか」と答える。


「だかせて、だかせて」


 せがむペパーミントにグラジオラスを抱かせたビオラはイクシアも一緒に大部屋へと移動する。大部屋の食卓に着いた三匹と抱かれた一匹は、新しい家族の誕生を祝ってパーティを開いたのだった。


 ビオラは娘からの突然の提案に驚き、そのままパーティに流れていったために新しい卵を産むことをすっかり忘れていた。

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