第19話 イクシア、奮闘する

 イクシアはまず、バラ園の再建から手を付け始めた。倉庫の状況を見る限り、食料は焼失していなかったが、ビオラが過食症になりバクバクと食料を消費したせいで貯蔵はかなり心もとない。


 燃えたものはどうやら木材が少々とビビクリームに蜜蝋、それとビオラがイクシアの成長後のためにと作ったビビ用の作業服が燃えたようであった。致命的な被害ではなかったことにイクシアは安堵した。


 そしてイクシアはバラ園であった肥沃な地面を見ながら呟く。


「バラだけじゃなくて木綿も育てよう。 木綿からは少しだけど蜜も取れるし、これから色々と使いようもあるし」


 未だ二匹だけの巣である。現状は食料に少し不安があるといっても、そこそこの広さになっていた肥沃な地すべてにバラを植えるよりは他のものも一緒に育てた方が効率がよさそうだとイクシアは判断した。母よりも賢い子だった。


 イクシアは三分の二ほどの広さにバラを植え、残り三分の一に木綿を植えた。


 次にイクシアは巣の修復に取りかかることにする。一度寝室に戻った彼女はドアの隙間から母の様子を覗き見る。先ほどからかなり時間が経っていたが変わった様子は見られなかった。


 ドアを静かに閉じると、決意の籠った表情でイクシアは焼け残っていた作業台の前に立つ。二本指を立てた彼女は自身の口に思いっきり突っ込んだ。


「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろぉ…… おろろっ…」


 大量にビビクリームを吐き出すと、ふぅ…とイクシアは口元を拭う。吐き出したビビクリームの半分ほどを一生懸命に捏ね始めて蜜蝋を作成する。


 ビビクリームで焼け落ちてしまった寝室の壁をペタペタと再建し、蜜蝋でドアを作り、焼けてしまった子供用ベッドと孵卵器、テーブルに椅子を蜜蝋で作る。母であるビオラほどに上手にはできなかった。壁の再建には何度も失敗し、かろうじてベッドは普通の品質だったがテーブルと椅子は低品質のものが出来上がってしまった。


 少々不格好ではあったが、ほとんど焼け落ちる前の寝室に戻すことが出来た。その頃にはもう日は完全に沈んでいた。


 イクシアは寝室から倉庫へのドアを開け、未だ壁を背にして虚ろな母に駆け寄っていく。


「お母さま!」


「……イクシア?」


「お母さま、こっち!」


 ビオラの手を無理やりに引っ張って立たせたイクシアは、母を強引に寝室に引きずり込んだ。


 ビオラは目を見張った。焼け落ちたはずの寝室が元の通りにあったのだ。彼女は最初、幻かと思った。しかしどこかが違うとフラフラと焼け落ちたはずの壁に近寄り手で触れてみる。


「これ… イクシアが?」


 まだ乾ききっていないビビクリームの壁を触り、目に涙を溜めてビオラはイクシアを振り返る。


「うん。 ごめんなさい、下手くそで……」


 壁だけではなく、子供用ベッドに孵卵器、テーブルと椅子、燃え尽きたはずの家具を見たビオラは、そこに不格好ながらも一生懸命に作ったであろう跡を見つける。

 ビオラは堪らず、本当に申し訳なさそうにうなだれていたイクシアに駆け寄って力強く抱きしめた。


「イクシア! ごめんなさい、イクシア! お母さん、どうかしてた!本当にごめんなさい!」


 再建された寝室を見て、これはイクシアから無言のメッセージだとビオラは思った。


 元のお母さんに戻って。これからもずっと、また一緒に頑張ろう。そう娘に言われているような気がした。


「ありがとう、イクシア。 お母さん、また頑張るからね」


「うん、よかった。お母さま……」


「イクシア?」


 イクシアは一日の疲れと安堵からビオラの腕の中で眠ってしまった。寝顔を見て、もう一度優しく抱きしめたビオラは、イクシアを抱えてベッドに寝かせると頭を撫でて「ありがとう、イクシア」と再び礼を言って微笑んだ。


 次の日、イクシアはビオラをバラ園に案内した。


「凄いわね! これ全部イクシアが植えたの?!」


「えへへっ!」


 昨日植えたばかりで、まだ芽がちょろっと出たばかりのバラ園を背にイクシアは得意げに胸を張っていた。

 ビオラはイクシアを抱き上げて「ありがとう」と言って抱きしめた。


 そしてビオラはイクシアを抱いたまま、巣から離れた場所にやって来た。いつもの岩場からも離れた場所だったが、ここもかろうじて植物が育ちそうな土壌をしていた。


「ペリウィンクルのお墓、作ってあげようね」


 ビオラはイクシアを下ろすと持ってきた木材を地面に立て、傍らにバラを一本植えた。燃え尽きてしまったために遺体を埋葬してあげられなかったのが少し申し訳なかった。


「ここからなら巣の様子がよく見えるよね」


「うん」


「ペリウィンクルの分も頑張って巣を大きくしよう。 あの子もきっと、ここから巣が大きくなる様子を楽しんで見守ってくれると思うわ」


「うん、わたし頑張る!」


 ビオラはイクシアの頭を優しく撫で、ふふっ、と笑って娘の手を取る。イクシアは母を見上げてニコリと笑う。手をつないで二匹は巣に帰っていった。




「ふんぬぅっ!!」


 巣に帰ってすぐ、ビオラが新たに卵を産む気合の籠った声が砂漠にこだました。

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