第17話 不幸、突然やってくる
次女ペリウィンクルが産まれて数日間、巣の近くを横切るイエロードラゴンの大移動を見守ったり、バラ園を荒らしにきたイグアナを処し、そのイグアナ肉で作った食事でビオラだけ食中毒になり「オロロ…」して過ごしていると、不幸は突然やって来た。
砂漠に珍しく雨が降り、やがて暴風雨となる。「珍しいね」とイクシアと言い合ってベッドに入り眠りについたその日の深夜、轟音とともにビオラとイクシアは飛び起きた。
落雷であった。それも相当近くに落ちたようでビオラはその衝撃と音で死ぬかと思った。まだ心臓がバクバクといっているなか、漂ってきたのは焦げ臭いにおいであった。落雷で血の気が引いて顔色を青ざめさせていたビオラは、まさかと思ってドアを跳ね開けて巣の外に出た。
落雷による火災でバラ園はすでに火の海になっていた。降り続ける雨にも負けることなく燃え広がっていく。
「ヤバいっ!消さないと!!」
消火のためにバラ園に飛び込むビオラ。必死に消火するが火の勢いは衰えることがない。そのうちに、はじめの頃は必死だったために感じなかった火に対する恐怖がビオラを襲う。
ビビ族は本能的に火を恐れる。それは遺伝子に刻まれたものなのでどうしようもない。消さなければならないと分かっていても火の海から逃げ出したビオラは離れたところで恐怖に震えて縮こまる。しかしビオラは本能に抗うように何度も自身に言い聞かせながら立ち上がる。
「消さなきゃ… 消さなきゃ… 早く… 早く消さなきゃ!」
しかしほんのわずかな間、ビオラが縮こまっているうちにバラ園に隣接していた巣の寝室部分に炎が延焼していた。ビオラはそれを見ると慌てて叫ぶ。
「イクシア!!逃げなさい!!! ペリウィンクルを抱いて早く!!」
イクシアはそれまで寝室の中で迫りくる炎に恐怖し、ガタガタと震えて動けないでいた。しかし外から聞こえた母の声に励まされて立ち上がったイクシアは、ビオラに言われたとおりにペリウィンクルが寝ている子供用ベッドに駆け寄ろうとする。
その時、ペリウィンクルが寝るベッドと卵のある孵卵器が炎に包まれる。不幸なことにバラ園に一番近い壁際にベッドと孵卵器があったのだ。こうなってはイクシアにはどうしようもなかった。
「ペリウィンクル! ペリウィンクル!!」
イクシアは泣きながら叫び近寄ろうとするが、ペリウィンクルを飲み込んだ炎は更に勢いを増して寝室全体に広がっていく。
「イクシア! 逃げなさい!イクシア!!」
消火作業をしながらも寝室に向かって必死に叫ぶビオラの声を聞いたイクシアは「ごめんなさい!ペリウィンクル!」と言って、炎が迫ってくるのとは逆側のドアから巣の外に出た。
結局、翌日早朝までかかってビオラが消火を終えたときには寝室は半焼。勉強部屋も半焼し、勉強机は消失していた。倉庫も三分の一程が燃え、資材も幾らか燃えてしまっていた。しかし、そんなことよりもペリウィンクルは炎に包まれてそのまま。遺体も燃え尽きて残らなかった。
「ペリウィンクル……」
呆然と焼け跡を見つめるビオラにイクシアが近寄り、「ごめんなさい、お母さま」と言って目に涙をためる。ビオラはボロボロと涙を流し始めたイクシアを抱き寄せて言う。
「よかった、あなたが無事で。イクシア」
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さま」
「ううん…謝らないで、イクシア。悪いのはわたしなの。 火事になるなんて考えもしなかった。壁が燃えやすくて脆いのを知ってたのに磨いて補強するのを後回しにしてた… ごめんね、イクシア。辛い思いをさせちゃって」
「お母さま…… あっ!お母さま、危ない!!」
ビオラに抱きしめられていたイクシアは、母の背後に危険が迫るのを見て思いっきりビオラを突き飛ばした。二匹の間に、突き出されたナイフが通り抜ける。
突然突き飛ばされたことに驚きながらもビオラはイクシアの視線の先を見る。そこにはナイフを躱されたことに驚き、チッと舌打ちをするバン族の男の姿があった。
バン族の男はたまたまビオラの巣の近くにいたのだが、巣が火災で燃えているのを遠望して略奪のチャンスと襲い掛かってきたのだった。
ビオラはすぐさま腰のスリングショットを取り出して放つ。近距離であったために当たることは当たったのだが咄嗟のことで威力はなく、たいしたダメージを与えられなかった。
「イクシア! 逃げなさい!!」
ビオラが叫ぶと、戦えないイクシアは一目散に走り出し巣の陰に隠れる。
「あんたの相手はわたしよ!」
そう言いながらビオラはバン族の男から距離を取り、再びスリングショットを放つ。しかし今度は外してしまった。
「ビーンスプレー…」
ここはバラ園の跡地、ビーンスプレーの射程内のはずなのに一向に射撃が始まらないことに不審を覚えたビオラは男から目を外して後ろを振り返る。しかしそこにあるべきものは無かった。ビーンスプレーもリッチフラワーも先ほどの火災で消失していたのだった。
青ざめたビオラに男のナイフが襲い掛かる。【俊敏な身のこなし】という特徴をもつビオラは何とか男の攻撃を回避し、距離をとってスリングショットを放った。命中して一瞬怯んだ男からビオラはさらに距離をとる。
頼りにしていたビーンスプレーがなくなり、手元にはスリングショットしかない。こんなことならスリングショットじゃなくて以前に拾ったリボルバーを持っておくべきだった。ビーンスプレーに頼りきって油断していた。何から何まで自分の油断が招いた結果だとビオラは唇を噛んで後悔した。だが今は手にしているスリングショットだけで何とかするしかない。幸いに相手が持っているのはナイフ一本だけのようだった。
逃げてはスリングショットを放ち、また逃げて放つ。地道に繰り返して撃退するしかないとビオラは長期戦を覚悟する。
何度も繰り返すうちにバン族の男も傷を増やし、徐々に体力を奪われて終いには膝をつき動きを止めた。そこへビオラの渾身のスリングショットが放たれ、勢いよく飛んできた石が男の頭に当たると傷口から血を吹き出して仰け反るようにして倒れた。
「はぁ… はぁ… やっと……」
怪我こそ無かったが、ビオラはボロボロだった。肉体的にも精神的にも限界を迎えそうな彼女はフラフラとした足取りで巣のほうへと歩いて行った。
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