第16話 次女、誕生する

 巣の外をイクシアが楽しそうに走り回っていた。それを微笑ましい表情で眺めながら、今日もビオラはバラ園を荒らしにきていたイグアナ退治に勤しんでいた。定期的にバラ園を荒らしに来るイグアナだが、食べ始めて動きを止めたところを長至近距離でスリングショットを放てば、ヘボい射撃スキルのビオラでも当てることが出来ることがわかった。それ以来、イグアナは貴重な食料源となりつつある。


 さて早速イグアナを捌くかと、二匹のイグアナを手に食肉加工台へ向かおうとしたビオラの耳に「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! おかぁたまぁぁぁぁぁぁっ!!!」という娘の悲鳴が入った。


 見れば、イクシアが野生の人間(裸の中年男)に追いかけられていた。決して幼女を狙う変態的な理由ではなく、砂漠ゆえに食料がないがための単純な食欲によるものである。イクシアを狩って食べようというものなのだが、絵的には違う意味で幼女を食べようとしている変態さんにしか見えない。


 手にしていたイグアナを放り投げたビオラはイクシアの許に駆け付け、野生の人間との間に割って入るとスリングショットを放つ。娘の危機もあったせいか、普段ヘッポコな射撃の腕が今回は神掛かり、一撃で野生の人間にヒットした。


 攻撃されたことで野生の人間の意識がイクシアからビオラに向かう。標的をビオラに変えた野生の人間はビオラに向かって駆け出す。今度はビオラが追いかけられるようになったのだが、彼女には追われながらもきちんと目的があった。


 見た目少女のビオラを裸の男が追いかけまわすという、先ほどと大して変わらない絵面の追いかけっこを暫くしたあと、ビオラはビーンスプレーの射程圏内に飛び込む。つられて野生の人間が射程に足を踏み入れた途端、四株のビーンスプレーが一斉に発砲。裸とて身を守るものを身に着けていない野生の人間はズタズタにされた体中から血を吹き出して倒れた。


「ふぅ… なんとかなった。 イクシア大丈夫?」


 イクシアはビオラの足元に隠れて服の端をを掴み、カタカタと体を震わせて「おそと、おそと、こわい…」と涙目で言った。

 ビオラはイクシアの頭をよしよしと「大丈夫、大丈夫だよ」と撫でる。


「しばらくはお部屋の中でお仕事しようか」


「うん…」


 イクシアはビオラの服の端をつかんだまま、巣の中に戻っていった。


 この世界では蛮族程度の文明も持たない野生の人間が迷い込んでくることがある。食料が豊富な地域であれば基本的に無害なために放置で構わないのだが、ビオラが住んでいる砂漠のように食料の乏しい地域になると、こちらを襲って食べようと行動する。

 今まではイグアナとロバばかりが迷い込んできてバラ園が主な被害にあっていたのだが、野生の人間だけでなく肉食系動物が迷い込んできた場合にはこのような危険もあるのである。



 イクシアは野生の人間に追いかけられて以来、あまり外にでなくなってしまった。毎日巣の掃除を終えては、一人になれる勉強部屋に籠っているよう。ビオラは心配して頭を悩ませていた。


「……あんまり部屋に籠りっぱなしっても良くないよねぇ。 どうしたものか…? う~ん…」


 考え込んでも、とてもではないが賢いとは言えないビオラでは妙案など浮かぶわけもない。結局、ビオラは考えを一旦棚上げして倉庫から蜜蝋を持ってくると巣の外に蜜蝋で作った棒を一本立てた。

 特に意図したわけでもなく、気晴らしのつもりでビオラが始めた輪投げを勉強部屋から外に出るためのドアの隙間からイクシアが見ていた。


 勉強机に向かい本を開いて読書していたイクシアは外からの「えい! やぁ!」という母の声に気が付いて本を閉じ、ドアを開けて様子をうかがっていたのだった。


「お母さま、何をしてるんですか?」


 ビビの子供は成長が早い。この数日間でイクシアも姿はともかく雰囲気や言葉遣いから幼さが抜けてきていた。


「ん? 輪投げだよ。 イクシアもやる?」


 ドアの隙間から顔を出して辺りをキョロキョロ見渡したイクシアは、ドアを開けてトトトトトッ…とビオラに駆け寄る。


「やります」


 そう言って手を出すイクシアにビオラはニコリと笑って輪投げの輪を渡す。イクシアは受け取ると真剣な表情で的の棒を見ると一投目を投げた。


「あ、あれ?」


 ビオラ用に距離を設定していたためにイクシアの身長と力では輪が棒まで届かなかった。


「もうちょっと近づいてみたら?」


 ビオラの提案に素直に「うん」と頷いたイクシアは数歩近づいて輪を投げる。二投目は棒まで届くようにはなったが外れてしまった。手元にあった輪をすべて投げつくしたイクシアはちょっとむきになって輪を取りに行き、再び投げ始めた。


 投げては外し、取りに行き、また投げる。それを何度か繰り返したのちにようやく入った一投に喜び「やったぁ!入った!!」と飛び跳ねたイクシアはビオラに向かって笑顔で振り返る。


「よかった、イクシア元気になったね」


 近づいたビオラはイクシアを抱き上げる。


「心配かけてごめんなさい、お母さま」


「いいのいいの。 あ、ねぇねぇイクシア。 さっき卵が動いたのよ。もうすぐイクシアもお姉ちゃんね」


「ほんと! 楽しみです!」


 ビオラがイクシアを抱きながら寝室へと戻っていった数日後、目を輝かせる二匹の目の前で卵が割れた。「おぎゃぁ!」と産まれ出た赤ん坊に感動して「わぁ!」と声を出すイクシア。


 ビオラは新たに産まれた子を抱きかかえる。


「あなたの名前はペリウィンクルよ」


 そして抱きかかえた瞬間にビオラは何か不吉なものを感じてしまった。というのも産まれたペリウィンクル、遺伝情報に【殺しの渇き】という物騒な遺伝子を持っていた。これは子供の頃には発現しないが大人となった後に”定期的に誰からないとイライラしちゃうゾ♡”というヤバめな遺伝子であった。

 とはいえ、そんなことなど露知らぬビオラとイクシアの二匹は新たな命の誕生に沸き、ビオラは空いた孵卵器に「ふんぬぅ!!」と、新しく卵を産むのだった。

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