第14話 ベビーフード、落ちてくる
朝、外からの大きな音と衝撃に驚いて目を覚ましたビオラは、同じく驚いて目を覚まし「おぎゃー!」と泣き叫ぶイクシアを抱きかかえて「大丈夫だよ~、お母さんがついてるからねぇ」とあやし、イクシアを落ち着かせた後にビオラはドアを開ける。
目の前には、半壊した輸送ポッドと周囲に散乱した大量のベビーフードの箱があったのだ。
「なにゆえベビーフードが空から??」
一つ手に取ってパッケージの裏面をビオラは見る。
「墜落事故かな? どれどれ…製造年月日は最近ね。 賞味期限が約一年後。 出来立てみたいだけど、こんな大量のベビーフードを誰が何処に飛ばしたのよ…」
どっかの国でベビーブームでもあったのだろうか? いったい何十人育てられるんだ?とビオラは思った。
「う~ん… 数日前にベビーフードに困ったけど花粉団子で解決したし、食料も軌道に乗りつつあるしなぁ。 なにより、自分が食べるならともかく娘に拾ったものを食べさせるわけには… 衛生的にも問題だよね?」
腕を組み「う~ん…」と少しだけ唸ったあとビオラは言う。
「うん、放置!」
珍しくまともな思考回路で常識的な判断を下したビオラであった。
(この世界、たまにこうして空から物資がランダムに落ちてくるのですが、イクシア誕生から数日後に本当に大量のベビーフードが落ちてきました。要らないから放置しましたが…)
巣に戻り、バラ園の手入れと蜜採取を始めたビオラは遠くに大きな動物の影を見つけた。
「ありゃ? あれは、スランボかな?」
スランボとは、白く美しい毛に覆われ、額に大きな角のある非常に珍しい獣である。性格は温厚で、こちらから攻撃しない限りは襲ってくることはない。しかしひとたび戦闘となると非常に頑丈で力も強く危険である。角や毛皮が高級品であることから狩ろうとする者が後を絶たないが、そのほとんどは返り討ちになっている。
ビオラの視線の先を二頭のスランボがその美しい姿をゆったりと揺らしながら、悠々と岩場の方へと進んでいく。
「うん、放置放置。 触らぬ神に祟りなしってね。 どこから迷い込んできたのか知らないけど、こんな砂漠じゃ、すぐにお腹減って何処か行くでしょ。食べるものなんて無―― あぁ…!!!」
突然叫んだビオラは慌てて岩場へダッシュした。そして案の定の光景を目の当たりにしてガックリと膝を地に着けた。スランボが、栽培中のベンケイチュウとヒールルート(薬草)をムシャムシャと食べていたのだった。
「くっそぉ…っ! 一発お見舞いしてやりたい! してやりたいけど、やったら確実に殺られるぅ。くぅっ…!」
ギリッと歯を食いしばり、手に持っているスリングショットを力強く握りしめるがビオラにはどうしようもない。スリングショットはもちろん、たった四株ではビーンスプレーですら歯が立たないだろう。
「無茶はできないわ!わたしにはもう、守るべき者がいるんですから!!」
ちょっとカッコいいセリフで自分を慰め、スランボの隙をついてまだ食べられていないベンケイチュウとヒールルートを採取しようとする。
「とほほ… まだ未成熟なのにぃ」
ぼやきながら、スランボを刺激しないようにベンケイチュウを切り倒し、ヒールルートを採取した。未成熟であったために予定よりかなり収量は減ってしまった。しかし全滅よりはまだマシである。
「お願いだからバラ園には気づかないでよ」
スランボ自体に手を出さなくてもバラ園を壊滅させられたら、それだけでも巣の存続の危機である。
ビオラの必死な願いが届いたのか、スランボ達はバラ園に気が付くことなく数日後に巣の近くから去っていった。
スランボが遠ざかっていく後姿を、散歩がてらビオラはイクシアを抱きながら眺めて「よかったぁ」と呟いた。
そして散歩を続けるビオラは、楽しそうに「きゃっきゃっ」と笑うイクシアの顔を覗き込んで言う。
「ずいぶん大きくなってきたね。そろそろ歩けるようになるかなぁ? 楽しみね」
その様子を離れた岩場の陰からミケルが観察していた。
「……ようやく、ようやくイクシアの姿が見れたよ… おのれぇ、スランボ!お前らが来るから警戒して散歩に出てこなかったじゃないか! 何日この灼熱の砂漠に野宿させるつもりよ!」
ミケルはゲッソリしていた。
「まぁ、いいわ。とりあえず顔は覚えたし。 帰ろう…」
数日後。ミケルは大理石で作ったイクシア像を女王に献上した。
「まぁ! これがイクシアちゃんなのね!!」
女王は感激で飛び跳ねんばかりだった。ミケルの手から半ば奪い取るようにイクシア像を受け取ると、愛おし気にその顔を覗き込む。そして女王は寝室のほうへと歩き始め、背中で「下がっていいわよぉ~♪」と弾むような声でミケルに言うとそのまま寝室の中に消えていった。
顔を見合わせたミケルはじめ働きビビの数匹は、こそこそっと女王の寝室に近づきドアに耳を当てる。中からは「ばぁばでちゅよ~、べろべろばぁ~」「いいこでちゅね~、イクシアちゃん」など、石像をあやす女王の声が聞こえるのだった。
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