第10話 ビオラ、産卵する
巣の近くに輸送ポッドが落ちた。それを聞き、小さな油断からでも巣が崩壊する危険性があると、油断と隙だらけのビオラは思った。
さっそく見回りをせねばと、マロニが指さした方角に歩いていくと確かに輸送ポッドが砂地に小さなクレーターを作ってあった。その近くに人間の男が倒れているのも見える。
恐る恐るビオラは近づき、つんつんと男をつつきながら「もしも~し、生きてますか~?」と聞くが返事がない。どうやらもう死んでいるようだった。
「ふぅ… どうやら墜落事故だったみたいね。 よかったよかった」
とりあえず、巣の脅威にはならないようだとホッとしたビオラは男の手元に何かが落ちているのに気が付いて拾い上げる。
「これは… 確か人間の武器だったっけ? 以前、漫画で読んだような気がする」
ビオラが拾い上げたのはリボルバーであった。「確かこうするんだっけ」と何もない方角に銃口を向けて引き金を引くと、バァン!と凄まじい音がして「おわぁっ!!」とビオラは驚きの声を上げる。
「こ、これは…! 持って帰ろう。 これって撃つと弾を補充しなきゃいけないのよね。この人持ってるかな?」
ゴソゴソと男のポケットを漁ると「これかな?」と、それらしきものが出てきたので一緒に持ち帰ることにした。
帰宅したビオラは倉庫にリボルバーをしまうと、蜜蝋を持ってきて拡張した巣のドア制作に移る。部屋数が多いために作るドアの数も多く、その日はドアを制作して終わった。
次の日、各部屋にドアの設置を終えたビオラは「やったぁー! 完成っ!!」と喜びの声を上げた。
「ようやく…ようやくだよ。 一応の巣の形にはなったよ。 でもこのままじゃ壁はクリーム積んだだけでヨワヨワだから磨いて強度を上げないといけないし、床も張らないと。 あとは家具も作んないといけないし…」
クリームをペタペタと積んだだけの壁は、軽く叩くだけで壊れるくらい脆かった。しかしこのクリーム、一生懸命に磨くと見違えるほど強度を発揮するようになるのだ。ただし凄く時間がかかるのが難点である。
やることまだまだ盛りだくさんだよと、これからの作業に多少の不安を感じるビオラだったが「ま、何とかなるっしょ!」と巣が完成した喜びの余韻もあって明るく切り替えるのだった。
「さて次は、岩場の陰らへんに薬草を植えようかな。 結構高く売れるし、半分売っちゃったけど無くなってみるとちょっと不安にもなってきたし」
というわけで岩場の陰の、先日ベンケイチュウを数本切り倒した跡地にヒールルートという名の薬草を植えることにした。植え終わればあとは成長を待つだけなので、巣に戻って倉庫の整理を始めた。
元々の倉庫から拡張した新しい倉庫への移動である。隣の部屋であるが、蜜の採取が軌道に乗ってきたこともあり、蜜や花粉それにマナ肥料とそこそこの物資の量がある。また、母が持たせてくれた”研究資料”とかかれた大きめの荷物もある。ちなにみビオラはその文字を見ただけでちょっとした拒否反応を起こし、未だに開封すらしていなかった。
それらを新しい倉庫へと運び入れ、ついでに寝室に設置していた作業台を倉庫内に再設置した。ここならわざわざ材料を取りに行く手間が省けそうだった。
「うん、今日はこんなもんかな」
満足感と疲労感に満たされたビオラはベッドに飛び込んで深い眠りについた。
翌朝。
「さぁ、ついに! いよいよこの時がやってまいりました!」
起きるなり気合の入ったビオラは倉庫から蜜蝋を持って来、ベッドの横に何やら作り始めた。
「出来たぁ! 孵卵器ぃ!」
作っていたのは卵を産んで育てるための卵用ベッドであった。
「さてさて、早速… よっこいせっ!と」
ビオラは孵卵器の上に乗って跨り、スカートをたくし上げて腰を落とし踏ん張る。
「ふんぬぅっ…!!」
鬼気迫る表情でいきんだビオラの股の間からポトンと小さな卵が落ちた。卵はコロッと孵卵器の中を転がる。
「祝! 初出産っ!!」
誰も祝ってくれないために少し大げさに喜ぶ。が、やっぱりちょっと寂しかった。
「あとは卵が孵るまできちんと部屋の温度調節が必要ね。 といってもここは砂漠だから冷えすぎることもないし、自然の温度で大丈夫そうだね」
卵の適温は20℃~39℃。多少の時間ズレても再びこの温度圏内にもどれば問題ないために部屋の中であれば問題なさそうであった。熱波とか寒波とかが来ない限りは。
「問題は出産のサイクルよね。 この子が孵ってしばらくすればまた産めそうなきがするけど、立って歩けるようになるまではお世話しないといけないし…」
ビビ族の赤ん坊も人間と同じように生まれてすぐは立って歩けない。ご飯をあげないといけないし、おしめの交換、泣きだしたらあやさなければならない。人間の成長よりは早いが、だいたい季節一つ分から半年くらいは面倒を見ないといけないのだ。
「よし! この子が歩いてちょっとしたお手伝いができるようになったら次の子を産もう」
今後の方針を決めたビオラは、出産の疲れもあってベッドに転がる。そして顔のすぐ横にある孵卵器の卵を見つめながらニヤニヤする。
「か、可愛い… なんて均整の取れたフォルム。艶のある殻… この子、きっとすごい美形になるわ。きっとそうよ!」
まだ卵なのに、そしてまだ朝なのに、すでに親バカが始まったビオラは、その日一日中ベッドに転がって隣の卵をニマニマ見つめていた。気が付けば夜だった。
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