第9話 ビオラ、理想郷を思い描く

 朝、気持ちよく起きたビオラは寝室から外に出ると、「さぁ! 昨日の続きね! ドアを作って倉庫を、というか巣を完成させるわよ!」と気合を入れる。


「と、その前にバラ園の様子をと…」


 最近酷い目にあい続けていたバラ園の様子を見ると、なんと今日は無事だった。そしてリッチフラワーのおかげで更に肥沃な土が広がっているようであった。


「ホント凄いなぁ、リッチフラワー。 このままいけば砂漠全体が肥沃になったりするかもね」


 そう呟いてビオラはその光景を思い浮かべた。自分の巣を中心に段々と砂漠に緑地が広がっていく光景。草木や花々を愛するビビとして、緑豊かなそれは理想郷であった。


 うっとりと理想郷を思い浮かべたビオラは「よしっ!」と拳を握りしめて宣言する。


「やるぞっ! この不毛の砂漠を緑豊かな大地に変えてやる! わたしの理想郷をつくるぞぉ!」


 高々とこぶしを突き上げて叫んだビオラに遠くから「おはようございま~す!」声がかかった。「ん?」とビオラが声のする方向に振り向くと、遠くにキャラバンらしき集団が見えた。


「おはようございます、ビオラ様。 わたくしセスペス帝国のラットキン貿易商を率いております、マロニです」


「あ、おはようございます。ビオラです」


 マロニはラットキンという種族(MODでの種族追加)の女性である。ラットキンとはネズミの習性を持った人型の種族で顔つきもちょっとネズミっぽく、頭には大きな耳がある。そしてラットキンの習性なのか、フリルのついたドレスのような衣装を着るのを好むようで、彼女もフリフリの可愛らしいドレスを着ていた。


「ゴールドグラスさんから、こちらに巣作りされたビビの方がいらっしゃると聞きましてやって参りました」


「おぉ! ゴールドグラスさんですか」


「はい。 ゴールドグラスさんが、いずれ大きくなる巣だと力説されますので、わたくし共も新しい販路の開拓のチャンスとこちらに伺った次第です」


「なるほどなるほど」


 何故だか知らないが、自分の巣の存在が周囲に知れ始めていることで調子に乗ったビオラは自信満々に胸を張って「まぁどうぞ中へ」と形成ったばかりの巣(ただし、ドアはない)へとマロニを誘った。


 そしてまた前回同様に何もない寝室に通し、テーブルと椅子くらい作っておくんだったと後悔し、客人を地べたに座らせて、せめて床を張っておくんだったと反省するのだった。


「お一匹で巣作りを始められたと聞きました。 お一匹の巣としては大きく立派のようですね。 これからどんどん卵を産んで御一族を増やしていかれるとお見受けします」


「えぇ… まぁ…」


 ゴールドグラスに感化されているマロニは本心で言っているのだが、色々な不備に大きく反省していたビオラにはちょっとした皮肉に聞こえないでもなかった。


「それで早速ですが、商売のお話を。 何か御入用のものはございますか?」


「う~ん、そうですね」


 ビオラの手元には前回ゴールドグラスと売買したときに残った銀貨が数枚あるだけだった。これではさすがに何も買えそうにない。そして前回、薬草を半分ほど売ってしまったために売れそうなものはない。これ以上、薬草を売るのは危険である。


「食料の調達も軌道に乗りつつあるし、売れそうなものも… 今、薬草の栽培を開始しようと思ってたんですが、それが収穫できないとなぁ…」


「ほぅほぅ、薬草ですか。確かに需要はありますね。 今から栽培なさるのですか? それでしたら、もし余裕があればでいいのですが木綿の栽培も始めてみては如何でしょうか?」


「木綿?」


「はい。 わたくし共ラットキン族は裁縫が得意でして。木綿などの裁縫の材料になるものは買い取らせていただきますよ。 あ、ちなみにこの服もわたくしの自作なのです」


 ふふんっ、とマロニが鼻息荒く自慢するドレスはかなり作りの良い品のようであった。


「なるほど、木綿ですか… 裁縫の材料… あっ! ちょっと待っててください」


 何かを思い出したビオラは立ち上がると倉庫からロバの皮を持って戻ってきた。


「これって売れますか?」


「動物の皮ですか、もちろん買い取らせていただきますよ。 え~っと…」


 算盤を取り出したマロニはパチパチと弾いて「こんなもんでどうですか?」と示すが、皮の相場なんて分からないビオラは「じゃあそれで」と言うしかなかった。


「ありがとうございます。 ではこちら、どうぞお納めを」


 マロニは袋から銀貨を取り出してビオラに渡し、動物の皮はマロニの部下が運び出していった。


「では、わたくし共はこれで失礼いたします」


 立ち上がってドアを開け、寝室の外に出たマロニは目の前のバラ園を見て感心したように言う。


「それにしても素晴らしいバラ園ですね。 砂漠にこれほど花が咲くとは。流石はビビ族」


「いや~、それほどでも~」


 ポリポリと頭を搔きながら謙遜を見せるビオラだったが、さっきマロニに皮肉を言われたと勘違いしているのもあって、ちょっと見返してやろうと大きく出た。


「いつか必ず、この砂漠一帯を緑溢れる豊かな大地に変えて見せますよ!」


 ビオラが腰に手を当て胸を張って言ったその言葉に、マロニは目を大きく見開き、そしてニコリと笑って言う。


「ゴールドグラスさんの言葉は間違いじゃなかった。信じてよかった…」


「え?」


 ガシッと、目に涙を浮かべるマロニにビオラは強く手を握られる。


「何かお困りのことがあれば何なりと! ビオラ様!」


「え? あ、はぁ… はい」


 圧が凄い、そう思うビオラの前でマロニは零れ落ちそうな涙を指先で拭う。キラリと涙が砂漠の強い日差しを反射しながら宙を舞った。


「あ、そうでした、ビオラ様。 わたくし共がこちらに来る際に輸送ポッドが巣の近くに落ちていくのを見たのですが、大丈夫でしたでしょうか?」


「輸送ポッド? えっと、特に何も。 気が付かなかったです」


 輸送ポッドとは、人間一人が入れるくらいの大きさの球体状のポッドである。ある程度科学力が発達した国で使用されており、物資や人を中に入れて打ち上げて目的地に飛ばすためのものであるが、事故も多く時々飛行中に制御を失い墜落することがある。


「そうですか。 侵略者などではなくてホッといたしました」


「し、侵略者! あとで確かめに行ってみます! どっちの方向でした?」


「そうですね、ここからですとあちらの方角ですね」


 マロニの指差す方向を見たビオラは頷いて「あっちですね、ありがとうございます」と礼を述べた。


「では、わたくし共はこれで」


 マロニはペコリとお辞儀して去っていった。

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