第5話 お母さん、取り繕う
シルバーフルーツ王国の女王の間。女王は巣立った(追放した)娘の行動に頭を悩ませていた。
自立してほしくて厳しい言葉でもって追放した娘だが、可愛い自分の娘であることは確かである。新しい土地で成功してほしかった。が、まさか砂漠のど真ん中に巣作りをするとは思わなかった。
「あんな場所、物資にだって限りがあるでしょうに… 行商人だって通らないわよ… あっ!行商人!」
何かを思いついた女王は
「アネモネビビ連合王国の貿易商、ゴールドグラスでございます。 お呼びでしょうか女王陛下」
呼び出したのは、たまたまシルバーフルーツ王国に滞在していた同胞の貿易商人であった。
「うむ。 実はそなたに頼みごとがある。もちろん、そなたにとっても悪い話ではない」
女王の言葉が途切れたところで、働きビビがゴールドグラスの前に銀貨の入った袋を盆に捧げ持って来、ゴールドグラスの前に置く。
「最近我を娘を追… 分蜂させたのだが、娘が選んだ場所が場所でな… あまり商人の行き来がない場所なのだ」
「ほぉ…それは」
女王は世間体を気にして追放とは言えなかった。そしてそんな女王の話を聞いたゴールドグラスは新たな販路の可能性に目を輝かせたのだった。
「貴国のわりと近くにある… さ、砂漠の真ん中でな…」
「極限の砂漠でしょうか? それはまた… 何故そのような場所に巣作りを?」
「…………えっと…」
女王は言葉に詰まってしまった。理由なんてあろうはずがない。が、首を傾げながら返答を待つゴールドグラスに何か返さねばならない。
「……さ、砂漠であれば他国の食指は動かぬであろう? 近隣との摩擦を最小限にということ…だな。 えっと、あとは、娘はその…あれだ、新しい可能性を模索しようとしているようだ。荒地でのビビ族の可能性がうんたらかんたら… まぁ、か、変わり者の娘でな。 ははははは…」
変わり者の娘というところだけ本当である。女王の苦し紛れの理由だったが、それを聞いたゴールドグラスは感銘を受けたように頷き。
「素晴らしいお考えをお持ちの娘様のようですね。 娘様のお名前は何と?」
「う、うむ。 ビオラという」
「なるほど、ビオラ様でございますね。 それで分蜂の際は何匹ほどお連れになったのでしょうか? それによっては売買に持っていく物資の量が変わりますので」
ギクリとして女王は冷や汗を流した。
「ゼ、ゼロだ。 ビオラは一匹で向かった」
女王は心の中で言い訳をする。一応、最初は分蜂を考えていたのだと。単に誰も付いて行くと言わなかっただけで。
「な、なんと! たったお一匹で砂漠に向かわれたのですか?!」
「う、うむ。 このような過酷な挑戦に姉妹を巻き込むわけにはいかないとかなんとかかんとか…」
最後のほうはもにょもにょと言葉を濁して女王は答えた。
「素晴らしい! 是非とも我が商会もビオラ様のご支援を!」
「よ、よろしく頼む。 あぁ、だがビオラにはわたしの名は出さぬように。あくまで自然に通りかかった風で商売をしてくれればいい。 それと感激してくれるのはありがたいが、支援は商売を通してだ。あからさまな支援はやめてほしいと考えている」
「なるほど、かしこまりました。 あくまでもビオラ様の自主性を尊重なさるということですね!」
「そうだ。 そういうことだ」
なんか上手いこといったと女王はホッとして微笑む。ゴールドグラスも女王の微笑みを受けて心得たとばかりにニヤリと笑う。
「それでは、我々は早速ビオラ様の許へ。 女王陛下、失礼いたします」
「うむ。 よろしく頼む」
ゴールドグラスが退出すると女王は、ふぅ…と汗をぬぐった。
そんなことがあったとは知らぬビオラはムクりとベッドから起き上がった。数日前にババァの襲撃を受け、その日に後片付けとベッド作成まで終えたビオラは、次の日は休日とばかりにベッドの上からほとんど動かずゴロゴロしていた。それから数日間は何事もなく花の手入れ程度でのんびり過ごしていた。「動きすぎるとお腹減るからね」と言い訳をして。事実、もうすぐ食料が底を尽きる。
「今日あたり、植えたバラから蜜が取れるはず!」
起き上がったビオラはワクワクしながら寝室のドアを開けた。が、喜色満面だったビオラは信じられない光景を見て絶叫した。
寝室の目の前にあるリッチフラワーを中心に徐々に肥沃な土となった小さなバラ園は、半分近くが一匹のイグアナによって食い荒らされていた。ドアを開けた瞬間、ビオラはパッチリお目々のイグアナと目が合った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!! イグアナぁぁぁぁ!てめぇ、この野郎ぉ!!」
ビオラは腰に差していたスリングショットを取り出してイグアナ目掛けて石を飛ばす。しかし、射撃スキルが0のビオラではまったくイグアナに当てることができない。当たりはしなかったが、ビックリしたイグアナは素早くバラ園から逃げ去った。
「待てやぁぁぁ!イグアナぁぁ!! 殺す!絶対に殺す!!」
ビオラはスリングショットを乱射しながらイグアナを追いかける。実際にここでイグアナを仕留めておかなければ、いずれまた腹を空かせたイグアナにバラ園を荒らされることは目に見えている。確実に殺っておかなければならない。
相当時間がかかったが、なんとかイグアナを仕留めることに成功したビオラは巣からかなりの距離離れていてしまっていた。
「はぁ…はぁ… バラ園… お花の様子を」
急いで戻ってきたビオラはバラ園の前で膝をついた。
「半分は駄目かぁ… また植えないと。 それにご飯どうしよう…」
もう本当に食料が底を尽きそうだった。絶望に顔を青くするビオラは「そうだ」と言って立ち上がった。岩場へ向かった彼女の目に一面の…とは言えないが、綺麗に咲くバラの花が映った。
「よかった! こっちは無事だ!」
瞳を潤ませたビオラは早速無事だったバラから蜜の採集と、荒らされた寝室前のバラ園の修復に取り掛かった。これでなんとか数日は持ちそうであった。
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