第4話 ババァ、襲い掛かる

 ウェイスターという遺伝子操作された人間種がいる。毒素や汚染に強く設計された彼らは、その代償か非常に暴力的な性格となってしまい、農業などの生産活動に興味を示さず他人が築いてきたものを奪うことで生計を立てる人種となってしまった。


 そのウェイスターを主として構成されたウイルス団というマフィア集団に所属するブルースモグ・スカプキンという名の老婆がビオラの眠る建物を望みながら皺だらけの顔をクシャっとさせてニヤリと笑みをこぼしていた。


 朝早くにビオラの住処を発見した老婆は、建物付近に人の動きがないことからまだ住人は寝ていると判断して近寄る。


 舌なめずりをし、鉄の棍棒をさすりながら老婆が近づいてきたとき、寝起きのビオラは寝室のドアを開けた。


 想像してもらいたい。朝起きて部屋を出たら目視の距離にタバコを咥えて鉄の棍棒を振りかざす敵意満々の80歳の矍鑠かくしゃくとしたババァの姿があるのを。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 通常、追放ものの物語で初遭遇の相手というのは美少女か可愛いマスコットキャラと相場は決まっている。が、ビオラの場合は凶器を振りかざす殺気を放つババァであった。


 ビオラは驚きで卒倒しそうであったが、なんとか頑張ってドアを閉めた。そしてビオラの悲鳴とババァの殺気に反応したビーンスプレーがババァに向かって射撃を開始する。


 ダダダッとババァの体に豆が撃ち込まれる。しかし【屈強】という特性を持つババァは倒れることなく、どこから飛んできたのか分からない銃弾に構うことなく一直線にビオラの籠る寝室へと駆け出した。

 ババァは歴戦の勘から、このひらけた砂漠で視界の外から狙撃してきた相手を探すよりも目の前の建物のドアを破って中に入ってしまった方が安全と判断したのだった。まさかすぐそばの植物が豆を撃ってきたとは考えなかった。


 ババァが迫る。しかしビーンスプレーの発砲音を聞いて、その威力を信じているビオラは終わったかなとドアを少しだけ開いて外を確認する。


 想像してもらいたい。ドアの隙間、目線の先に、か弱い少女の獲物を見つけたと満面の笑みで顔をくしゃくしゃにした、体中に弾丸を受けて血まみれのババァが武器をもって迫りくるのを。


「きぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 慌ててドアを閉めたビオラは鍵を掛けて部屋の隅でガクガクと縮こまって震えた。


 ビオラの悲鳴を聞いて笑みを深めたババァは棍棒を振り上げ、クリームで出来た壁にむかって振り下ろそうとする。おそらく、これが振り下ろされていたら一撃で壁は壊れていただろう。ただのクリームで出来ただけの即席の壁ではまともな攻撃を耐えることはできない。しかし、そうはならなかった。


 ババァが棍棒を振り上げたとき、ちょうどビーンスプレーのリロードが終わったのだ。ビーンスプレーも連射はきかない、マナを消費して弾(豆)を準備するリロード時間が必要なのだが、それが終わったのだ。


 ババァの背中に嵐のような弾丸(豆)が襲い掛かる。さすがのババァもこれには堪らず「くそがっ… どこから…」と言葉を残してその場に倒れた。


 ドサリとババァの倒れる音を聞いても、ビオラはしばらく動くことができなかった。かなりの時間を要し、恐る恐るドアを開けると倒れ伏すババァを確認する。つんつんと突いてみて、それが動かないことを確認するとようやく安心して深く息を吐いた。


「こ、怖かったぁ… あっ…!」


 ちょっと股が濡れているのに気が付いたビオラは井戸に向かっていき、下着を洗った。


「……で、これどうしよう?」


 下着を洗って戻ってきたビオラは寝室のドアの前で倒れるババァの遺体を見て言う。とりあえず、この恐怖の象徴のような遺体は目にしたくないと、いやいやながら引きずって岩場の向こう側に持っていくことにした。


 ババァの遺体を引きずっていく途中、ババァの懐から何かが落ちた。なんだろう?とビオラが拾ってみると、1カートンのタバコだった。

 ババァの遺体を目につかない場所に置いてきたビオラは、ババァが落としたタバコを拾い上げた。物資の少ない中、何かの役に立ったりしないだろうかと、とりあえず倉庫にしまっておこうと持って帰ることにしたのだ。


「朝からとんだ災難だよ… とほほ」


 ぼやきながら蜂蜜を取り出してチューチュー吸い、「あ~、おいしぃ」と心を落ち着かせたビオラ。まだ起きたばかりだというのに全身に疲労感があり、すぐにでもベッドにダイブしたい気分だった。


「あ、ベッド!」


 そう思うとベッド制作のことを思い出す。今日こそはベッドを作成して心地よい眠りに包まれようと気分新たに倉庫の外に出る。が、ババァの遺体を処理したとはいえ外はババァの血しぶきが舞い、血の流れる遺体を引きずったあとで地獄のような光景である。


 特に寝室周辺は酷いものである。こんな中で生活なんてできないと、ビオラは泣く泣く血の海に砂をかぶせて目立たないようにし、ビーンスプレーの流れ弾で穴の開いた壁の修復をはじめる。


 ようやくキレイになったころにはお昼過ぎである。倉庫に戻ったビオラは蜂蜜をチューチュー吸いながら「だめだ… 過酷だ… ぜんっぜん、やりたいことが進まない!」と絶望を口にする。


「とりあえずベッドよ… ベッドにダイブ…」


 ビオラは疲労で今にも倒れそうな体に鞭うち、蜜蝋を引きずるように寝室に持っていきベッドを組み立てた。


「出来たよ、ようやくだよ」


 ホッと一息ついたビオラはさっそくベッドにダイブしようとしたが、その前にちょっと気になり植えたばかりのバラの様子を見に行くことにした。


 バラは順調に成長しているようだった。マナの影響なのか、ビビが植えたからなのか、かなり成長が早い。あと数日程度で少しは蜜が取れそうな気がした。


 バラの成長に少しほっこりしたビオラは今度こそベッドにダイブしようと寝室に戻る。ダイブというよりも倒れ込むようにベッドに伏したビオラは「今日も疲れた…」と一言残して夢の中に旅立った。

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