嗚呼! 栄光のヒーロー令嬢!

一章 その名は狼軽犬三姉妹!

 「おのれいっ、ヒーロー令嬢!」

 人には決して立ち入ることのできぬ星の最奥。

 光の一滴すら届くことのかなわぬ絶対の闇。

 究極の腐敗と完璧なる堕落の巣窟。

 もし、万が一にも人たる身が立ち入れば、たちまちのうちに充ち満ちたる毒素によって魂までも染めあげられ、腐敗と堕落の徒と化してしまう。

 そんな、おぞましき禁断の地に怒りの声が響いていた。

 怒り。

 いや、ちがう。

 そうではない。

 怒りなどではない。

 そんな表現を使うのは『怒り』という言葉に対する侮辱だ。冒涜だ。

 怒りには『正義』がある。

 他者から見てどう思えようと、怒りを抱く当人にとっては正当な理由があり、それが正義となって一定の理をもたらす。

 それが怒り。

 すなわち、怒りとは『理』であり、正義そのもの。

 だからこそ、どれほどに偏り、身勝手なものに思えようとも、誰かの掲げる正義には必ず、誰かの支持があるのだ。

 だが、鳴りひびいた叫びには、いかなる理もありはしない。

 どれほど偏った、身勝手な正義』すらもありはしない。

 そこにあるものは純粋なる腐敗と堕落。

 ありとあらゆる魂を、存在を、極限までおとしめ、いかなる慈愛の神ですら唾を吐き、嫌悪感を丸出しにして見捨てずにはおかない怪物へと変貌させる毒素。

 その毒素が声と共に暗闇のなかに走りまわり、燭台しょくだい蝋燭ろうそくを灯す戦闘員たちを吹き飛ばす。

 戦闘員たちは自分自身が蝋細工と化したかのように声の熱にさらされ、ドロドロに溶けていく。

 「……ハッ、ハッキ~」

 溶けて、広がり、潰れたスライムのようになって床に吸い込まれて消えるその直前まで、蝋燭ろうそくを灯した燭台しょくだいを重ね、その名を叫ぶ。

 それは果たして絶対の忠誠の証か。それとも――。

 せめてもの抵抗と憎悪の響きなのか。

 何万、いや、何十万という戦闘員たちをドロドロのスープにかえながら、大首領の叫びはつづく。

 「よもや、ぬらりひょん流婚約破棄道第二四六代家元、那螺なーらOJまでがやられるとは! せっかくの計画が台無しではないか! 那螺なーらOJには人の世にぬらりひょん流婚約破棄道を広めさせ、婚約に限らずありとあらゆる約束事を破棄させ、さらに破棄させ、もっと破棄させ、人の世を成り立たなくさせる予定であったのだ!

 だからこそ、この大首領自ら弟子入りもしたし、人の世に広めるためにありとあらゆる支援をしてきたというのに……すべてが無駄になったではないか!」

 金返せえっ!

 その叫びが疾風怒濤となって、そのついでに稲妻も伴い、真なる闇のなかを貫きわたる。それによっていったい何百万の戦闘員が犠牲になったことか。

 もし、その点をとがめられることがあったなら、大首領はむしろ、キョトンとした顔付きになって尋ね返したことだろう。

 「お前は、呼吸するたびに死ぬ羽目になる微生物の数について気にしたことがあるのか?」と。

 無数と言っていい戦闘員をドロドロの泥濘でいねいにかえたあと、ようやくすべての毒素を吐き尽くしたのか、大首領はスッキリしたような声となった。

 「ふう。やはり、ストレス発散にはひとりで歌って、踊って、暴れるのが一番だな」

 なにやら、やけに悟ったような口調でそう言うと、大首領は押し黙った。

 そのシルエットだけを映す純白の薄絹。そこに映る影の形からするとどうやら、顎に手を当てて考え込んでいるようである。

 「こうなると、打つ手は限られてくる。いよいよ、禁断の手を打つしかないか……」

 おお、なんと言うことだろう。

 この限りなき腐敗と堕落の徒、人をおとしめ、星をおとしめ、宇宙そのものさえ限りない零落れいらくのなかにおとしめる存在であるはずの大首領。

 その大首領でさえためらうことがあろうとは。

 それは果たしてどれほどにおぞましく、恐ろしい手段なのか。

 もちろん、それについて知ろうとするものがいたならば、この宇宙のありとあらゆる存在がこう忠告するにちがいない。

 「知らない方が幸せだ」と。

 その『知らない方が幸せ』な手段がついに用いられることになるのか。

 その予感にすべての宇宙が、あらゆる世界が身を震わせた。おぞましげに泣きはじめた。そのとき――。

 大首領にその一手を取りやめさせる声が響いた。

 それはまさに『救世』、そう言っていい一言だった。

 「おまちください、大首領さま!」

 「禁断の手段をとるのは、まだ早いですわよ」

 「だす、だす」

 『闇』とは『病み』。

 そのことをこれ以上ないほどに思い知らせる漆黒の闇。

 その向こうから届いた三つの声。

 その声を聞いたときの大首領の反応。

 それは、おお、なんと言うことだろう。究極の腐敗の化身、完璧なる堕落の権化。その大首領でさえ、思わずたじろぐことがあろうとは。

 「お、おお、お前たちは……」

 シルエットだけを映す薄絹。その向こうから響いた声。そこにはたしかに、たじろぎ、後ずさる調子が込められていた。

 「我ら、コボルト族期待の星! 狼軽ろーかるけん三姉妹にお任せを!」

 その叫びとともに闇の向こうから表われたのは三人の女たち。

 肉感的な体つきをした妖艶なる美女、長女たる狼軽ろーかるけんCB。

 刺さる男には刺さる、たくましく大柄な肉体を誇る三女の狼軽ろーかるけんTT。

 そして、小柄な体に三つ編みメガネ。ぺったこんすぎて逆に、その存在を主張していると言っていいほどに真っ平らな胸の次女、狼軽ろーかるけんST。

 その三人が闇のなかから突如として、それこそ、びっくり箱を開けたような勢いで表われ、CBを中心にしてポーズをとっている。

 誰が、どこから照らしているのか、七色のスポットライトまで輝いている。

 大首領の婚約破力によって人間の女性の姿をとってはいるが、その正体は本人が言っているようにコボルト族。醜く、卑しい犬面をした小鬼の種族である。

 「大首領さま! ここは、我らにお任せを!」

 「ですのよ」

 「だす、だす」

 長女の宣言に侍女と三女が勢いよく首を縦に振る。

 「……なにか、良い案でもあるのか?」

 大首領はそう尋ねたが、その口調はなんとも『しぶしぶ』と言ったもので、できることなら関わりたくない、と思っているのは明らかだった。

 『嫌い』と言うより『苦手』といった方が正しいようだが、いずれにしても面と向かって取られる態度としては少々、キツい、繊細な性格の持ち主でもあれば、痛く傷つき、立ちなおれなくなるかも知れない。

 しかし、(自称)コボルト族期待の星たる狼軽ろーかるけん三姉妹は誰ひとりとしてそんなことには構いはしない。自信満々の態度で答えて見せた。

 「もちろんです、大首領さま! そもそも、いままでのやり方がまちがっていたのです。いえ、正確には時代遅れだったのです!」

 「うん? どういう意味だ?」

 「世は男女平等の時代。女ばかりが婚約破棄され、追放されるなど、コンプライアンスが許してくれません! これからは女もどんどん自ら婚約破棄を行い、男たちを追放するべき時代なのです!」

 「だす、だす」

 「そう言うわけですのよ、大首領さま。そもそも、男に婚約破棄をさせるから、ヒーロー令嬢なるお邪魔虫が登場するのですのよ。女にやらせれば、令嬢おとめの守り神を名乗るヒーロー令嬢は手を出せない、すべての婚約破棄が滞りなく成立と、そう言うわけですのよ」

 薄絹の向こうから大首領の感心したような気配が漏れ伝わってきた。狼軽ろーかるけん三姉妹の提案はたしかに、大首領の意表を突いたのだ。

 「むう。女に婚約破棄をさせる、か。それはたしかに、盲点だったかも知れぬな。しかし、たしかに、令嬢おとめの守り神を名乗る以上、手は出せなくなるわけだ。して、具体的には、どのようにして女たちに婚約破棄をさせるのだ?」

 問われて、狼軽ろーかるけん三姉妹の長女、妖艶なる美女の姿のCBは揉み手などしながら答えて見せた。

 「それはもう、大首領さまのお力をもちまして」

 「だす、だす」

 「我らが女たちをさらってきますのですのよ。そこで、大首領さまの婚約破力をもって洗脳していただき、バンバン婚約破棄をさせてやろうと、こう言うわけでございますですのよ」

 「ふむ。なるほど。たしかに、こちらから婚約破人を送り込んで婚約破棄させるのも効率的かも知れぬな。よろしい。狼軽ろーかるけん三姉妹! お前たちに任す! その方らの才覚を持って人の世に婚約破棄の嵐を吹きあらすのだ! 成功すれば褒美は思いのままだぞ」

 「ははあっ~!」

 と、床にひれ伏し、感謝の意を示す狼軽ろーかるけん三姉妹。長女のCBがガバッと顔を起こし、輝く笑顔で言ってのけた。

 「それでは、前祝いに我らが一曲……」

 「い、いや、それはいい……」

 「遠慮なさらず! 世界よ、唄え! モテモテ狼軽ろーかるけん!」

 CBは両腕を大きく広げ、天に向かって呼びかける。その叫びに応えるかのように七色のスポットライトが降りそそぎ、狼軽ろーかるけん三姉妹の姿を照らし出す。

 薄絹の向こうで思いきり引きまくる大首領をよそに、三姉妹は陽気に唄い、踊り出した。



 ヤッタモンダ

 トッタモンダ

 ウバッタモンダ ヘイ!

 ウバッタモンダ

 トッタモンダ

 ヤッタモンダ ヘイ!

 お胸は大きいわ

 ヘイへへ~イ

 脚線美バッチリよ

 ヘイへへ~イ

 させたい させたい 婚約破棄を

 絶対させると決めちゃった~い

 CB

 TT

 STを知ってるかなあ~。 知らない? トホホホホ~

 何度でもなんどでも婚約破棄 破棄

 おれたちゃモテモテだ

 ロウロウ狼軽ろーかるけん

 ンンン~

  ンンン~



 そう唄いながら、三人並んで元気よく手足を振りまわして人の世に向かって歩いていく。

 人の世に婚約破棄の嵐を吹きあらさせるために。

 その後ろ姿を見ながら大首領は苦い声で呟いた。

 「……あやつらだけは、リストラした方がいいかも知れん」

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