二章 権力の目覚め

 「う~ん、気分爽快!」

 花恋かれん・カリオストロことそのなかの人、現代日本からの転移者である三枝さえぐさかおるは、お仕事用のデスクの前で思いきり伸びをした。

 相変わらず、その輝く美貌を隠すためにボサボサの三つ編みに瓶底メガネ、ダブダブの上着にパンツという格好だが、瓶底メガネの奥の目はいままでになく輝いている。

 「ご機嫌ですね、お嬢さま」

 と、秘書役も兼ねるメイドの少女、ほたるが――つまらなそうに――声をかけた。

 かおるは、ほたるのそんな様子にも気づかないほどのご機嫌振りで、にこやかに答えて見せた。

 「それはもう! お邪魔虫たちがいなくなって、お仕事がポンポン進むようになって、楽しいんだもの。ああ~、誰にも邪魔されずに、お仕事に専念できることがこんなに幸せだなんて忘れてたわあ~」

 「お邪魔虫、ですか」

 誰のことですか、と、尋ねるほたるに向かい、かおるは答えた。

 「愛謝アイシャたちのことよ、もちろん」

 「愛謝アイシャさま? そう言えば、昨日からあのお三方を見かけませんね。どうされたのです?」

 「ふっふっふっ」

 かおるは悪い笑顔を浮かべて両目をつぶり、指などを振ってみせる。

 「あたしはね、ほたる。気づいたの。いまのあたしは、まぎれもなく花恋かれん・カリオストロ。このカリオストロ領のご領主なんだって!」

 「はあ……」

 「つまり! いまのあたしは権力者! やる気になればなんだってできる! いまさらながらにそのことに気がついたのよ!」

 と、かおるは高笑い。

 爽快そのものの笑い声が広大な屋敷に響く、ひびく。

 「本当にいまさらですね。最初から気づいておくべきことですのに。それで? そのことに気がついたからどうしたと言うのです?」

 「だ~か~ら~」

 と、かおるは得意気に指など振って答えた。

 「ご領主権限で愛謝アイシャ金夢キム望良ノーラの三人を追放してやったのよ!」

 「追放、ですか?」

 「そ。あの三人、事あるごとにあたしに迫ってくるんだもの。さすがに堪忍袋の緒が切れたわ」

 「あのお三方を、ご自分の嫁としてお持ち帰りになられたのは、お嬢さまご自身ですよ」

 「それはともかく! 三人に辺境任務を命じてやったのよ。ノルマを達成するまで帰ってくるな。守れなければ離婚だ! って、申しわたしてね。あのノルマの量からして……」

 ふふん、と、かおるは意地悪そうに鼻を鳴らしてみせる。

 「たっぷり、一週間は帰って来れないわ!」

 「一週間……ですか?」

 「そう! 一週間。ちょお~と、厳しすぎるかな~って気もするけどね。でも、あたしにさんざん迷惑かけたんだもの。それぐらいは当然の報いよねえ」

 かおるはあくまで得意気になって語る。豊かな胸はふんぞり返り、形の良い鼻から噴き出す鼻息が荒い、あらい。

 ――追放するにしてもわずか一週間。なんともみみっちい。花恋かれんさま、『身代わりにするのは、巨大な力を手に入れても大それたことのできない小心者』というお約束だけは守っておられるようですね。

 と、心のなかで呟くほたるであった。

 「あ、そう言えば……」

 メイド少女の内心の呟きなど知らないかおるは、ふと思い出したことを尋ねた。

 「崩壊ほうかいどうJKちゃんはどうしてるかなあ? 崩壊ほうかいどうJKちゃんの作るお菓子、楽しみにしてたんだけど」

 「崩壊ほうかいどうJKさまは先日、お嬢さまの故郷から魔法少女として召喚されたとのことです。しばらくは、そちらに滞在なされるようです」

 「ええ~、そうなのお?」

 「はい」

 「そっかあ、それは残念。でも、仕方ないか。魔法少女というお仕事のために呼ばれちゃったんだものね。お仕事は大事だものね」

 「はい、そのとおりです。あの方がおられれば、たとえガ○ノ○ーアが出現しようとも地球は安泰です」

 「へえ、崩壊ほうかいどうJKちゃんって、そんなに強いんだ?」

 「はい。正直、幸運でした。もし、本気で戦うとなったら、本物の花恋かれんさまであればいざ知らず、お嬢さまではとうてい、かないませんから」

 「まあ、あの立派な体格だもんねえ。強くて当たり前かあ」

 「まあ、最終的にはわたしが出れば万事解決ですので、本質的な問題はないのですが」

 「そう言えばほたるって、本物の花恋かれんさまの一〇〇倍、強いんだっけ?」

 言われて、ほたるは小首をかしげた。可憐な唇にほっそりとした指を当てて考え込んだ。キュートなメイド衣装と相まって、そんな仕種がなんとも可愛らしい。

 「一〇〇倍と言いますか……初期ベ○ータと本気フ○ーザぐらいの差はありますね」

 「えええっ⁉ ほたる、そこまで強かったのおっ⁉」

 「はい。わたしのことは『師匠』と呼んでください」

 「だったら、最初からほたるが全部、やってくれればいいじゃない。なんで、あたしに戦わせるのよ?」

 「いまさら、そんな面倒くせえことはごめんだ」

 「なによ、それ⁉」

 「まあ、冗談はともかく……」

 コホン、と咳払いなどしながらほたるは言ったが、かおるは、

 ――絶対、本気だ!

 と腹の底から確信した。

 頬をふくらませ、唇をとがらせて不平不満をあらわにするかおるに対し、ほたるは世の絶対真理を説くがごとくに言ってのけた。

 「自分がヒーローになったら、ヒーローの活躍を見守ることができないではありませんか」

 「ええっ~、そんなのありぃ?」

 「もちろんです。コーチの方が能力的に優れているからと言って、選手のかわりに試合に出るのは駄目でしょう。選手を育てることがコーチのお仕事なのですから。それと同様、お嬢さまを立派なヒーロー令嬢とすること。それこそが、いまのわたしのお仕事なのです」

 「……お仕事。うん。お仕事なら仕方ないよね」

 「そういうことです。では、お嬢さまのお仕事ですが……」

 「……お仕事」

 瓶底メガネの奥の目がキラリと光る。

 「隣国のブシード王国において、コンヤ・クゥ・ハッキの活動している痕跡が見られました。すぐに向かっていただきます」

 「わかった!」

 かおるは勢いよく立ちあがった。

 「お仕事だもんね。お仕事、がんばる。すぐに行くぞ。まってろ、お仕事!」

 威勢の声のままに、勢いよく駆けていく。

 どこに行くのか、いつ行くのか、そのことを尋ねもしないまま。

 そんなかおるを見て、ほたるは呟いた。

 「……どう見ても、ご領主などではなくてお仕事の奴隷ですね」

 ほたるがそう言ってため息をついたときだ。

 「あのお~」

 と、かおるが申し訳なさそうに戻ってきた。

 「……ブシード王国って、どこにあるの?」

 はああ~、と、重いおもいため息をつくほたるであった。

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