二章 史上最凶のクズ男
「
宮殿で、ではない。
宮殿内の執務室や、謁見の間。
本来、大公たる身分ならば一日の大半を過ごすべき場所には、まちがっても近づくような
大公としての職務はすべて、
床の上はいたるところ砕けちった皿と踏みつぶされた料理、さらには、ぶちまけられた酒とで汚れている。
らんちき騒ぎの結果……ではない。
騒ぎがはじまる前からこの状態だった。
平民出身ながら、シリヲペンペル一の美貌と才知とで知られた、自らの婚約者たる
そして、四度目の料理でようやく、らんちき騒ぎをはじめたのだ。
誰もかれもが頭から酒を浴び、衣服は乱れ、本来ならば決して人目にさらしてはならない場所がさらけ出されている。
少しでも『良識』というものを持ち合わせている人物であれば眉をしかめ、苦言のひとつも呈するところ。
もちろん、
「客人だと?」
ジロリ、と、
「馬鹿か、お前は! なんと、気の利かないやつだ。せっかく、親しい友を招いて友好を深めているというのに、わざわざ水を差すような真似をしおって。そんな無粋な
「ですが、どうしてもとおっしゃるものですから」
その短い言葉。
それは、
「きさまはいつから……」
そんなに偉くなった!
そう叫ぼうとした
その人物を見たからだ。
「突然の来訪、失礼いたします、
鈴の転がるような声でそう言って身を屈め、制服のミニスカートの裾をつまんで完璧なカーテシーを披露する。その姿の愛らしさ、気品高さに
「
「お、おおう、それはそれは……」
その態度に気を良くしたのだろう。
仮にも婚約者たる女子を前にしてのその振るまい。いっそ、潔いとも言えるほどだった。
「おい、なにをしてる、ババアッ!」
『ババア』とは、
「さっさと、このご令嬢にお飲み物をおもちしろ。まったく、気の利かないやつだ」
「……はい、ただいま。あっ」
「この間抜けめ! このお美しいご令嬢の前で無様な姿をさらして、おれに恥をかかせる気か!」
そう叫び、床に倒れ込んだ婚約者の背に手近にあったワインボトルを叩きつける。
音を立ててボトルが割れ、中身の真っ赤な液体と一緒にガラスの破片が散乱する。その後片付けをするのはもちろん、
それでも――。
「申し訳ありません。すぐにお飲み物をおもちします」
そう告げて歩き去って行く。
真っ赤な液体にグッショリと濡れたドレスのまま。
その身に付着したガラスの破片がキラキラと輝き、美しい光彩を放っているのは、もしかしたらこの世で最高の皮肉だったかも知れない。
歩きさる
その変わり身の早さ、
「大公なんかやってないで役者になれ」
一目見た誰もが、そう言いたくなるようなものだった。
「いや、申し訳ない。
なにしろ、あんな不出来なグズ、他に誰も引き取り手などおりませんからな。
そんな
「いえ、お気遣いなく。わたくしはただ、名君と
「おおっ! あのような役立たずのツチブタにさえ気遣いを見せるとは。なんとお優しい方だ。本当に、あんな色気のないババアとは天地の差ですな。ささ、こちらにどうぞ。ゆっくりと挨拶を受けさせていただきますぞ」
そう言いながらそそくさと
その日からすべてがかわった。
「まったく、お前はすっかりババアになったな。色気がないどころか、まるで枯れ果てたばあさんだ。とても、女としては見れないぞ。こんなやつが未来の妻だなどとは、諸外国に恥ずかしい。少しは
そんな
――誰のせいだ。お前がなにもしないからその分、
――そもそも、
――しかも、
――そして、軍隊で見事に頭角を表わし、メキメキ出世していた。先代の大公さまも『あのふたりはいずれ夫婦となり、力を合わせて我が国を守っていってくれるだろう』と、期待しておられた。
――それなのに、一年前、先代大公が急死されたあと、
――婚約者を捕えて『こいつを処刑されたくなければおれに尽くせ!』だからな。
――ああ、ほんと腹が立つ! できることならこの手でぶん殴ってやりたい!
――けど、軍隊だけはきちんと掌握しているからなあ。
――それだって、金と女をバラまいて懐柔しているだけだが。
――そのせいで、国の財政はガタガタ。それを、
――あいつときたら、そんな
――まったくだ。いっそ、こんな国、丸ごと捨てて隣国にでも亡命したいところだ。
――いっそのこと、軍隊を借りて攻め込み、あの首をとってやりたい。
――まったく同感。しかし……。
――うむ。しかし、
――仕方あるまい。我ら一同、少しでも
廷臣たちの陰口は結局、いつもそこに行き着くのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます