四章 ヒーロー令嬢の仕事に終わりは……ある?

 会場を照らし出す魔法の光がひとつ残らず消え去った。

 突如として闇に包まれた会場。そのなかに鳴りひびく優美にして勇壮なる音楽。スポットライトが乱舞し、ただ一カ所を照らし出す。そのなかに浮かびあがるは、きわどいミニスカドレスに身を包んだ絶世の美少女。一〇〇のバックダンサーを従え、唄い、踊りながらやってくる。


 ダンス、ダンス!

 ダンダン・ダンス!

 ダンス、ダンス!

 ダンダン・ダンス!

 スクランブル・ダンス

 わたしは笑顔を絶やさない

 ダンダン・ダンス!

 ヒーローだから、美少女だから

 ダンダン・ダンス!

 だ~けど、わかるわ。令嬢おとめの悲しみ

 あなたのために、ゲスを討つ!

 令嬢パワー、神鳥かんどりまい

 ゲスいやつらをぶのちめせ

 可憐なスピーン、光を放つ

 わたしはヒーロー

 ヒーロー令嬢!


 歌が終わり、音楽が鳴りやみ、一〇〇のバックダンサーが姿を消す。魔法の光が灯され、会場が再び昼間のような明るさに包まれる。そのなかをヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロは大胆きわまるミニスカドレスに包まれた生足をグワアッと開き、仁王立ち。手にしたマイクを突きつけ、世の絶対真理を説くがごとくに宣言する。

 「ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロがいる限り、この世に令嬢おとめの涙は流れない!」

 「きゃあ~、花恋かれんさま~!」

 「うおおおっー、花恋かれん~!」

 「花恋かれん花恋かれん!」

 居並ぶ令嬢たちが涙をこぼしてハンカチを握りしめながら黄色い歓声を放ち、貴族の若君たちが絶叫し、居並ぶ人々が拳を突きあげてその名を連呼する。

 その圧倒的な声援をいかにも心地良さげにその身に受けて、ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロは光流ひかるにビシッと指を突きつける。

 「シーホース王国第三王子、光流ひかる! 真に自分のことを思ってくれる相手を捨て、偽りの愛におぼれるとは。その不埒ふらちな振る舞い、たとえお天道さまが許してもこのヒーロー令嬢が許さない!」

 「な、なにが偽りの愛だ! 僕はこの黒愛くろあにたしかに真実の愛を見つけたんだ。その点で誰にも文句は言わせないぞ!」

 「ふっ。その節穴ふしあなの目に真実を見せてあげるわ。受けよ! ヒーロー令嬢、ケガレナキアイ!」

 花恋かれんの目から放たれた一条の光が黒愛くろあ・クロッカスの全身を包み込んだ。黒愛くろあはたちまち身をよじり、苦悶くもんの表情を浮かべる。その口から吐き出されたのは、

 「ぐおおおおっ~!」

 という、その外見からは決して出るはずのない野太く粗野そやな男の声。

 そして、その声が消えたとき、そこにいたのはもはや妖艶ようえんな若き令嬢などではなかった。巨大な男性器をむき出しにしたみにくい巨大オークだった。

 「そ、その姿は……⁉」

 光流ひかるが、笑美えいみが、居並ぶ誰もが、あまりの出来事に絶句し、表情をこわばらせる。そのなかで花恋かれんはオークを指さし、叫んだ。

 「なんじの正体、見たり! 婚約こんやく破人はじん狂闘きょうとうXXダブルエックス!」

 「ば~れ~た~か~」

 黒愛くろあ・クロッカス――いまや、その正体を現わした巨大オーク、狂闘きょうとうXXダブルエックスは地獄の底から響くようなうなり声をあげた。

 落ちくぼんだ小さな目は憎悪をたぎらせてヒーロー令嬢をにらみつけ、牙の生えたその口からはブクブクといやらしい泡交じりの唾液をたらしている。

 「く、黒愛くろあ! お前……お前、雄オークだったのが⁉ 僕は、僕は雄のオークと……」

 「ふん」

 と、狂闘きょうとうXXダブルエックス光流ひかる軽蔑けいべつしきった目でにらみつけた。

 「この頃はやりのTS子。中身は男の、女の子。心を見ろよ、バカ。なんとなんとも、なんとなんとなのだあっ!」

 ズシンズシンと腹に響く重低音でそう叫び、狂闘きょうとうXXダブルエックスはつづけた。

 「大首領の言うとおりであったわ。『雄だからこそ、雄にとっての理想の雌を演じることができる』とな。おれの演技に乗ってホイホイ言いなりになるお前の姿、それはそれは滑稽こっけいだったぞ」

 「そ、そんな……僕は、雄と、雄と……」

 光流ひかるにとって重要なのはその点だけらしい。ショックを受け、フラフラとよろめく。

 いまにも心臓発作を起こしそうな顔。倒れそうな足取り、その光流ひかるのもとに駆けつけ、助けようとするものは――。

 誰もいなかった。そう。笑美えいみでさえも。

 「狂闘きょうとうXXダブルエックス!」

 花恋かれんは巨大なオークに指を突きつけたまま叫んだ。

 「そこの浅はかな王子をたぶらかした点については『よくやった』とめてあげるわ。でも! 罪なき令嬢おとめを傷つけ、悲しませた罪は許さない! このヒーロー令嬢がギロチン台にかわって成敗よ!」

 「だまれっ! きさまごとにやられる狂闘きょうとうXXダブルエックスさまではないわ! ものども、かかれ!」

 「ハッキー!」

 笑美えいみを囲んでいた見知らぬ衛兵たちが右腕を突きあげ、奇声をあげる。すると、どうだろう。衛兵の服が、人の皮が、ビリビリと音を立てて破れ、そのなかからコンヤ・クゥ・ハッキの戦闘員たちが姿を表した。

 「う、うわああああっ~!」

 恐怖に駆られた参加者たちが悲鳴をあげて逃げまどう。将軍たちがとっさに――本物の――衛兵たちを指揮して、参加者たちを守りながら避難させようとする。

 そんななか、ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロはただひとり、戦闘員たちのなかに飛び込んだ!

 「ヒーロー令嬢、可憐なパーンチ!」

 叫びとともに繰り出された拳が戦闘員の顔面を打ち砕く。

 「ヒーロー令嬢、可憐なキッーク!」

 しなやかな生足が満月を描いてしなり、戦闘員の頭部を砕き、吹き飛ばす。

 「ヒーロー令嬢、可憐な真空反動三段ハリケーン!」

 花恋かれんの身から飛び出した三つの影が走り、回転し、竜巻となって戦闘員たちを斬り刻む。

 一瞬の間に、戦闘員たちはその場に倒れ伏していた。

 「ええい、ふがいない! どけい、おれさま自らほうむってくれるわっ!」

 ついに業を煮やした狂闘きょうとうXXダブルエックスが自ら突撃した。

 そうして真っ向から突撃するとさすがに巨漢。ブタどころか、ゾウさえかくやと思わせるその迫力。巨大地震がやってきたかと思わせるほどの巨大な地響きを立ててヒーロー令嬢に迫る、迫る!

 もちろん、そんな突進をまともに受けるヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロではない。可憐な動作で後方に向かってとんぼを切り、距離をとる。床に着地したと思った瞬間、可憐にジャンプ。宙に浮いた可憐な肢体があり得ない軌道を描いて狂闘きょうとうXXダブルエックスに向かう。

 「ヒーロー令嬢、可憐な空中反転キッーク!」

 夜空を焦がして飛ぶ流星となった花恋かれんの蹴りが狂闘きょうとうXXダブルエックスの胸に吸い込まれる。だが――。

 「ふん!」

 逃げない、避けない、たじろがない。

 狂闘きょうとうXXダブルエックスは気合いを込めて構えをとると、ヒーロー令嬢の必殺の蹴りを真っ向から受けとめた。流星となった蹴りと、鉄壁の城壁となった胸板が激突する。吹き飛ばされたのは――。

 花恋かれんの方だった。

 「きゃあ、花恋かれんさま~!」

 居並ぶ令嬢たちから悲鳴があがる。

 花恋かれんは吹き飛ばされながらも可憐に宙で一回転。見事、足から床に着地する。そこへ、狂闘きょうとうXXダブルエックスが巨大な足音を立てて突撃する。

 「馬鹿め! この狂闘きょうとうXXダブルエックスさまにその程度の攻撃が通用するかっ!」

 王宮ごと押しつぶしてくれる!

 その叫びとともに、迫る、迫る。

 しかし、ヒーロー令嬢はあわてない。可憐な仕種で長い髪をかきあげると、余裕たっぷりの笑顔をひとつ。

 「ふっ。バカはお前よ、狂闘きょうとうXXダブルエックス。見なさい! ヒーロー令嬢、可憐なスピーン!」

 花恋かれんの可憐な肢体が高速で回転し、渦巻く烈風が噴きあがる。その風にあおられて、きわどいミニスカドレスの裾がドバアッとめくれあがる。

 そして、おお、その下から放たれる絶白の輝き!

 そのあまりにもまぶしい光が狂闘きょうとうXXダブルエックスを包み込む。

 「お、おお……! な、なんだ、この限りなく清純にして気高い輝きはっ⁉ 邪心が……邪心が溶けるぅ~」

 「と~う!」

 叫びとともに花恋かれんは天高くジャンプする。全身からオーラが噴きだし、その身を神の鳥へと変貌へんぼうさせる。

 「ヒーロー令嬢、か・ん・ど・りの舞い~!」

 神の鳥と化した花恋かれん狂闘きょうとうXXダブルエックスをその身に呑み込み、全身を焼き払う。

 「ぐおおおおっ~!」

 さしもの巨体を誇る狂闘きょうとうXXダブルエックスもどうにもできず、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。そして、花恋かれんは可憐に着地。可憐な仕種で長い髪をかきあげ、居並ぶ令嬢に向かって可憐に投げキッス。

 「きゃあ~、花恋かれんさま~!」

 たちまちあがる黄色い歓声。

 花恋かれんは、さも気持ち良さそうにその歓声を受けとめる。

 「う、うう~……」

 呻き声とともに狂闘きょうとうXXダブルエックスが立ちあがる。しかし、その全身は焼けただれており、巨大オークの面影はすでにない。

 「見事だ、ヒーロー令嬢」

 狂闘きょうとうXXダブルエックスは呻きながらもそう言った。

 「だが! おれが最後の婚約こんやく破人はじんではない! 人間どもに婚約破棄を望む心がある限り、第二、第三の婚約こんやく破人はじんは必ず表れる!」

 両腕を突きあげ、絶叫する。そして――。

 狂闘きょうとうXXダブルエックスの巨体は火薬を仕掛けられた人形のように四散した。


 ……ようやく騒ぎのおさまった会場で、花恋かれんはそっと笑美えいみに近づいた。

 「笑美えいみ

 と、優しく微笑みかける。

 「……はい。花恋かれんさま」

 「あなたをおとしいれようとした悪は去った。これからは、誰に遠慮することもなく自分の幸せを望みなさい」

 「……はい」

 花恋かれんはありったけの愛情を込めて『ほっぺにチュ』すると、天高くジャンプ。窓辺に立った。そこで振り返り、居並ぶ令嬢たちに向かって可憐な令嬢キッス。令嬢たちを歓声とともに昇天させて、その身を夜の闇に消したのだった。そして――。

 光流ひかるのもとにもひとりの人物がやってきていた。

 「光流ひかる

 「だ、誰だ、王子である僕を呼び捨てにするのは!」

 そう叫び、にらみつけた光流ひかるの眼前に立っていた人物。それは、

 「ち、父上……⁉」

 光流ひかるが思わず仰天したのも無理はない。そこにいたのは光流ひかるの父であるシーホース王国国王その人だったのだから。

 「ち、父上……! どうして、ここに……」

 「ヒーロー令嬢どのから報告を受けてな。お前を監視していたのだ」

 「なっ……⁉」

 国王は半ば、哀しみを込めた視線で息子をみると、威厳ある口調で告げた。

 「光流ひかる。お前をたったいま、この場で王族より除名する」

 「なっ……⁉」

 「これまで、辛抱にしんぼうを重ねてきた。お前はまだ若い。歳のはなれたふたりの兄と比べられて、つらいこともあるだろう。しかし、いずれは成長し、王族としての自覚をもってくれるだろうと。笑美えいみ嬢と婚約させたのもそのため。笑美えいみ嬢であればお前を支え、一人前の人間にしてくれると思ったからだ。それなのにお前はどこの誰とも知れぬ女にうつつを抜かし、笑美えいみ嬢を傷つけた。あまつさえ、貴族令嬢を勝手に追放しようとする越権行為。もはや、愛想が尽きた。どこへなりと行って、勝手に生きるがいい」

 「そ、そんな……! おまちください、父上! 僕はあの怪物にだまされていたのです……!」

 「たわけっ! きさまがたぶらかされたのは怪物ではなく、黒愛くろあ・クロッカスを名乗る女であろうがっ!」

 その一言を残し――。

 シーホース王国国王は姿を消した。

 あとには打ちひしがれ、人々からの軽蔑けいべつ嘲笑ちょうしょうの視線を浴びる光流ひかるだけが残されていた。

 ――ま、まだだ。

 光流ひかるは歯を食いしばって笑美えいみを見た。ニヤリと笑った。

 ――僕にはまだ笑美えいみがいる。こいつが僕のことを見捨てられるはずがない。もう一度、こいつに取り入って、ローズミント家の財産すべて、僕のものにしてやる。そうすれば、僕の一生は安泰だ。

 光流ひかるはそう思い、見た目だけは完璧な愛らしい少年となって笑美えいみに近づいた。愛らしい笑みを浮かべながらささやきかける。

 「ね、ねえ、笑美えいみ。ごめん、あやまるよ。僕はあの化け物に操られていたんだ。でも、今回のことではっきりわかった。僕を愛してくれていたのは君なんだ。これからは、君一筋に……」

 そうささやきかけながら馴れなれしく肩に手をかける。しかし――。

 「さわらないで」

 静かな、しかし、断固たる拒絶の意思を込めて、笑美えいみはかつての婚約者の手を叩いた。

 「えっ?」

 思いかけない反応に表情をこわばらせる光流ひかるの前。そこで、笑美えいみはうっとりと両手を組み、花恋かれんが姿を消した窓を見つめていた。

 「……ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロさま。おうわさには聞いていたけれど、あんなにすてきなお方だったなんて……」

 「あ、あの、笑美えいみ……?」

 「うるさい」

 「えっ?」

 「第三王子、光流ひかる。あなたとの婚約はいま、この場をもって破棄します」

 「な、なんだってぇ⁉」

 光流ひかるは叫んだ。しかし、笑美えいみはもはやかつての婚約者など見向きもしない。その視線はただ一カ所、花恋かれんが姿を消した窓辺へと向けられている。

 「花恋かれんさま。わたしは自分の幸せを見つけました。残る一生、花恋かれんさまを推して、推して、推しまくって生きていきます!」

 「笑美えいみ~!」

 舞踏会の会場に――。

 誰からも見捨てられた、哀れな元王子の絶叫が響いたのだった。


 「びええええ~ん!」

 今日もきょうとて、カリオストロ家にはなんとも気持ちよさそうな盛大な泣き声が響いている。

 「あんなもの見ちゃったあっ~! もうお嫁に行けない~。最初っから行けないけどお。って言うか、この歳になるまで見たことがないって、あたしの人生どうなのお~⁉」

 メイドのほたるひざに顔を埋め、盛大に泣きわめく花恋かれん・カリオストロことそのなかの人、三枝さえぐさかおる。頭にあるのは狂闘きょうとうXXダブルエックスの、屹立きつりつした巨大な男性器。生まれてはじめてみた男性器が『アレ』というのは、三十路みそじ社畜OLの干物女にはショックでありすぎた。

 「だいじょうぶです、お嬢さま! おとなになればあんなもの、当たり前に見るようになるのですから」

 「あたしはもうおとななんだってばあ~!」

 ほたるひざに顔を埋め、気持ちよさそうにびいびい泣きわめく。

 「気をしっかりおもちください、お嬢さま。コンヤ・クゥ・ハッキとの戦いはこれからもつづくのですよ」

 「もうやだよお~。戦いたくなんかない、怖いよ、イタいよ、恥ずかしいよお~! 誰かかわってえ~!」

 「だいじょうぶです、お嬢さま。終わりはきます。コンヤ・クゥ・ハッキの婚約こんやく破人はじんは一二体。その一二体と大首領さえ倒せば戦いは終わりです」

 「一二体って……なんで、そんなことがわかるの?」

 スンスンと鼻をすすりながらかおるは尋ねる。

 「コンヤ・クゥ・ハッキは本物の花恋かれんお嬢さまがすでに一度、封印した相手。組織構成はわかっております。あと一一体の婚約こんやく破人はじんと大首領。それだけを倒せばヒーロー令嬢のお仕事も終わりです」

 お仕事も終わりです。

 その言葉に――。

 かおるは表情を輝かせた。

 「……終わり、お仕事に終わりがあるの?」

 「そうです。終わりはあります」

 かおるはたちまち満面の笑みを浮かべる。

 「わかった! お仕事に終わりがあるならがんばる、がんばれる! 絶対、きっと、お仕事、終わらせる!」

 「その意気です、お嬢さま! わたしも全力でサポートさせていただきます」

 「うん、お願い! よおし、なんとしてでもお仕事、終わらせるぞおっ!」

 と、拳を突きあげ宣言する、どこまでいっても悲しき社畜OLなのだった。

                   完

 

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