三章 あの方さえ……!
シーホース王国の王宮はいま、ある
――おい、聞いたか?
――ああ。あの馬鹿王子だろう? なんでも、最近は婚約者である
――
――いったい、何者なんだ?
――それが、わからない。どこかの国の貴族令嬢らしいんだが、どの国の人間に聞いても見たことも、聞いたこともないと言っているし……。
――まあ、でも、たしかにとびきりの美女だし、色気もあるからな。若い男が夢中になるのはわからなくもないが……。
――それにしたって、馬鹿すぎるだろう。
――まったくだ。いくらなんでもあそこまで
――いや、それ以前に人間としてどうなんだ。いままでずっと、自分のやりたくないこと、面倒なことはすべて
毎日まいにち、貴族や名士、果ては大臣や将軍といった高官たちの口からもそんな言葉が放たれていた。
とうの第三王子・
どこに行くにも
その姿を見かねた貴族の若君たちがダンスに誘っても、
「自分は
そして、その日、決定的な破局は起こった。
舞台は
――いよいよ、アレか?
と、誰もが不吉な予感を抱くのが当然だった。
そして、その予感は当たった。舞踏会の席上。多くの貴族名士が連なり、諸外国の大使も招待されたその席上。そこで、
「
その声を聞いたとき――。
その場にいる誰もが驚きではなく、納得をもって向かえていた。
――そう。わかっていた。このときがくることは。
そのことから必死に目をそらし、自分と結婚して王族としての、貴族としての使命に目覚めてくれるときが来る。
そう信じていた。
いや、信じ込もうとしてきたのだ。
――なんて、
そう思う。きちんと現実と向き合ってさえいれば、そんな日は決してやってこないとわかっていたはずなのに。
――
くやしくて、情けなくて、涙があふれそうになる。それでも、必死に涙をこらえる。
――涙なんて見せてやるものか。
尽くしつづけた婚約者から捨てられた公爵令嬢の最後の意地だった。
「……わかりました」
「では、
「そうだ。僕はこの
――なんだ、それは。
という、居並ぶ貴族名士たちからの無言の怒りの波がわき起こった。もし、『第三王子』という身分がなければ、この場にいる男たちがよってたかって
――だが、まあ、ものは考えようだ。これで
――その通りだ。これで、
――と、言うことは、おれにも
居並ぶ貴族の若君たちの間にそんなざわめきが起きはじめた。しかし――。
そのざわめきを一気に押しつぶすかのように、
「ついては、
「なっ……⁉」
表情を失う
見下す
勝ちほこる
そんな三人が作りあげる三角形。そのなかにひとりの若い将軍がたまらずに割って入っていった。
「おまちください、殿下! 最果ての地ヨグ・トウルフと言えば、人ならざるものの住まう禁断の地! 最大級の罪人に苦しみの果てに死を与えるための流刑地。そんなところに公爵令嬢を送り込むなど……」
「だまれ! この女は身分もわきまえず、事あるごとに僕に注意をたれ、小言を言い、僕の自由を踏みつぶしてきた。そのような横暴な振る舞いを最大級の罪と言わずになんと言うのだ⁉」
「し、しかし……!
「そもそも、公爵令嬢たるお方を追放するなど、いかに王子殿下とはいえ、独断でそのようなことを決定する権限はありませんぞ!」
大臣が、貴族の若君たちが、口々にそうつめより、
いかに国中に知られた馬鹿王子、それも、臣下への格下げが決定しているとはいえ、王子は王子。その王子に向かって、かくも堂々と異議を唱える。『王国の序列』というものをわきまえる人間であれば、それがどれだけ途方もない勇気――あるいは、無謀さ――を必要とする行為かはわかっている。
それなのに、何人もの人間がたまらず、飛び出し、口出しした。
それは、この第三王子がいかに日頃から人々にきらわれているかを示すことだった。
しかし、それらの声に対し、第三王子ははっきりと言った。
「だまれ! 僕は王子だ! この国の人間をどうしようが僕の勝手だ! 衛兵! 即刻、その女を捕えてヨグ・トウルフへ送り込め!」
ポロリ、と、ついに
――なんと情けない。こんな身勝手で
その思いとともに真珠の涙が公爵令嬢の
――ああ! こんなとき、あの方さえいらしてくだされば……!
その場にいる令嬢全員がそう思った。そして――。
その人はやってきた。
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