二章 公爵令嬢・笑美
異変はシーホース王国第三王子、
国内外の要人たちからの
王族とは思えないその軽率な態度に、さすがに場がざわめいた。しかし――。
『信じられない』というどよめきはどこにもない。むしろ、納得したような空気が漂っていた。その空気は、
――やれやれ。まただよ、あの馬鹿王子は。
――今日で一五歳になるっていうのに、いまだに政務のひとつも習わず、軍務に就いたこともない。上のおふたりは一五になる頃にはすでに出征の経験もあったし、大臣たちについて政務について学ばれてもいた。三〇を過ぎたいまでは、おふたりとも『準国王』と言っても差し支えのない働きぶりだ。それなのに、どうして、三番目だけがああなんだ。
――まったくだ。王族としての立場も責任もわきまえず、権威だけを
――でもまあ、第三王子でよかったよ。あんなのが第一王子だったら目も当てられない。
――それもそうだ。どうせ、ローズミント公爵家への婿入りが決まっていて、結婚と同時に臣下に格下げされる身だしな。王家の名を汚すこともないだろうよ。このまま女にうつつを抜かして
――たしかにな。本人もその
そんな
誰もが
誰もが
王族としてあるまじき、礼儀をわきまえない態度を見ても誰も
「
「飽きた」
「飽きたって……」
「なにをおっしゃっておられるのですか、
「外交なんて、そんな面倒なことはしたくないんだ。もう一〇人は相手したじゃないか。聞きたくもないおべっかを我慢して聞いてあげたんだよ。もう充分だろう。そろそろ、僕を解放してよ。あとのことはいつも通り、君が適当にやっておいてよ」
「だ、駄目です! これは、王子殿下としての
二歳年上の幼馴染みであり、婚約者である
――だ、だめよ、
「ねえ」
と、
女性である
それこそ、
その手がいま、
「お願いだよ、
ねっ? と、子イヌのような目で小首をかしげながら見つめられる。その絶妙な愛らしさに圧倒され、
――ちっ、まただよ。また調子の良いことを言って、
――まったく、うらやましいよ。あんな若くてきれいで、しかも、なんでも言うことを聞いてくれる婚約者がいるなんてな。
――しかも、ローズミント公爵家と言えば、シーホース王国きっての大貴族。格式においても王家に次ぐ名門中の名門だ。
国内の貴族名士たちの間にそんな
「あの……」
その声に『ハッ!』として顔をあげたのはもちろん、
「も、申し訳ありません!
そんな
――そう。お前はそうやって一生、僕のために働いていればいいんだ。
と、幼さの残る愛らしい顔立ちのなかに邪悪な笑みを浮かべたのだった。
「ねえ、お願いだよ。ちょっとでいいんだ。これぐらいのお金、我が国の財政からしたらどうってことないだろう?」
「だ、駄目です! わたしの預かる金銭はすべて国民の血税! 国のために使うべき予算です。それを勝手にもちだし、私用に使うなど……いくら、王子殿下とはいえ公金の着服です!」
「そう堅いこと言わないで。せっかくの美しい顔が台無しだよ。ねっ?」
財務大臣は四〇を過ぎたメガネをかけた女性だった。夫とは一〇年以上前に死にわかれ、子どもはいない。すでに、五年以上にわたって財務大臣の地位にあり、堅実な仕事ぶりでシーホース王国の財政を支えてきた。国王からも絶大な信頼を受けている。まぎれもなく、国家の命運を背負う
その財務大臣を相手に、
「ねっ、おねがい? 僕は父上からは見捨てられ、兄上たちからは小言を言われ、王宮の使用人たちからは『平民の子』として白い目で見られ、大臣や将軍たちからは
と、耳元に息など吹きかける。それだけで、四〇代女子である財務大臣は昇天しそうになった。
「わ、わかりました……」
かの
「で、ですが、公金をお渡しするわけには参りません。それだけは、絶対に駄目です。ですから、これを……」
財務大臣は懐から幾枚かの
「これは、わたしのポケットマネーですから。これをお渡しする分には公金の着服にはなりませんので……」
「ありがとう。心から感謝するよ」
ほっぺにチュッなどして四〇代女子を卒倒させておいて、
「あははは、あーはっはっはっはっ!」
王宮の廊下に、
「人生すべてバラ色。思い通り。王子という身分、不幸な
そう笑いながら手にした
「ちぇっ。これっぽっちか。あのおばさんも段々、渋くなってきたなあ。そろそろ、次の金づるを見つけるべきかな。まあいいさ。この程度でも二~三日の間、女を買って、酒を飲んで、賭け事をするぐらいのことはできる。なくなったらまた別の女をたぶらかせばいいだけのことだからね」
そう言って、鼻歌などを唄いながら廊下を歩いて行く。
「わっ!」
ふいを突かれた格好になった
「まあ、大変! どうしましょう」
「申し訳ありません、
「どこを見て……! うん? 見ない顔だな。外国からの招待客のひとりか?」
「はい。
深々と頭をさげる
――へえ。まだそれなりに若いし、かなりの美女じゃないか。
「もし、お怪我でもしていたら大変です。わたしの部屋にお越しください、
その言葉に、
――これは、女遊びの費用が一日分、浮いてくれたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます