四章 ヒーロー令嬢は永遠に
そこに、容赦なく令嬢の
その音に誰もが振り返り、手からこぼれ落ちたワイングラスがゆっくりと床に向かって落下し、激突して砕け散る。あとには血よりも赤いワインが水たまりとなって広がるばかり。
「
「ど、どういうことですか、
「言ったとおりの意味だ! きさまは口さえ開けば
「おまちください、
「だまれ! そういうところが口うるさいと言うんだ! 女というものはただ黙って男を立てていればいいのだ。そう。この
と、
その少女のことは
「
「だまれ! 自分だけが
そう言って、
現実を直視せず、自分に都合のいい妄想に浸っている。
そういう人間特有の目付きだった。
「
ですから、わたしを愛する気がないと言うのでしたらかまいません。
「だまれ! きさまはいつもそうだ! そうやって小難しい理屈ばかりこねおって。頭が痛くなる。仮にも、婚約者であった身。
「
「いまさら、慈悲を請うても遅いぞ。愚かな女め。我がシュテルベルン家は王室とのつながりをもつ王国でも屈指の名門。しがない穴掘りの子爵家など、おれの一存でどうにでもなる!」
「衛兵! この薄汚い平民女を身ぐるみはいで、この場から追い出せ! その身ひとつで辺境の地に追放してやるのだ!」
その命令に従い――。
全身を鎧兜で包んだ屈強な衛兵たちが
助けようとするものは誰もいない。
――下手に口出しして矛先がこちらに向いてはたまらない。見て見ぬ振りをしよう。
そう思い、視線をそらすものばかり。
多くの貴族名士の集まる
ぽたり、と、
しかし、それは決して悲しみの涙ではない。くやし涙だった。
――わたしは……わたしは、シュテルベルン公爵家の嫁としてふさわしい存在でいようと勉学に励み、教養を身につけ、礼儀作法を学んできた。すべては、
自らに降りかかった理不尽に対する怒りが、くやしさが、
重ね合わされる光の柱。そのなかに浮かびあがるはきわどいばかりのミニスカドレスに身を包んだ絶世の美少女。
ヒーロー令嬢
ヒーロー令嬢
素敵で無敵な ア・アアン~
その名は
その名は
可憐な
陰謀渦巻く宮廷で
合点承知!
駆けつける
できないことなど ナイナナイナイ
許さない
素敵 無敵
どこにも敵なし
令嬢パンーチ
愛あるお仕置き
誰にも負けない
令嬢キッーク
ヒーロー令嬢
ヒーロー令嬢
素敵で無敵な ア・アアン~
その名は
その名は
可憐な
カリオストロ家の財力にものを言わせてそろえた特性の楽団の奏でる音楽、そして、一〇〇のバックダンサーにもり立てられ、いかにも気持ちよさそうに唄い、踊る元社畜OL。
「ヒーロー令嬢、花恋・カリオストロがいる限り、この世に
きわどいミニスカートに包まれた生足をグバアッと開いて仁王だちになり、指を突きつけ高らかに宣言する。
「
「きゃー、
と、会場中から黄色い声が跳ねあがる。
そのなかでひとり、
「おのれ! 出たな、ヒーロー令嬢! だが、きさまが現われることは想定済み。準備はしてあるのだ。やってしまえ!」
その声を受けて、衛兵たちが
「ふっ、愚かな。こんな
「準備はしてあると言っただろう! それ!」
「これは……」
さすがの
「………!」
それは、衛兵たちが投げつけた何本もの鋼鉄の鎖。その鎖が
「ふっ、どうだ。いかにきさまと言えど、屈強な衛兵十人以上に鋼鉄の鎖で縛りあげられてはどうすることもできまい。せめてもの情け。この槍で一差しにしてくれるぞ」
対する
ヒーローに負けはない。
勝つのは常に、正義のヒーロー。
余裕の笑みを浮かべるのはヒーロー令嬢、
「本当におバカね。
「なんだと?」
「
その叫びとともに――。
勢いあまってブワアッとばかりに
「お、おおおっ! これは……この
ミニスカートの下から放たれるあまりにもまばゆい輝き。そのまぶしさに
「と~う!」
叫びと共に天高くジャンプする。その全身をオーラが包み込み、神の鳥の姿となる。それこそまさに、
「ヒーロー令嬢、か・ん・ど・り・の……舞い~!」
「う、うおおおおっ!」
叫びとともに放たれた必殺の一撃に、
「ふっ」
「言ったでしょう? ヒーロー令嬢がある限り、この世に
「きゃ~、
感極まった令嬢たちの叫びが響く。
そのなかを
「悪は滅びたわ。あんな男のことは忘れて幸せをつかみなさい」
「……はい」
夢見るように答える
「
泣いて名残を惜しむ令嬢たちに向かって微笑をひとつ。
「
「……ああ、
「びえええええ~ん!」
カリオストロ家では、素に戻った
「とうとうやっちゃったあ、ミニスカ姿でおパンツ、ドバアッ! いつか、やらされると思ってたのよおっ。だって、だって、これって日本の伝統だものおっ!」
「だいじょうぶです、お嬢さま!」
自分の
「その体は
「そういう問題じゃな~い!」
びいいいいいいぃっ! と、とにかく気持ちよさそうに泣きわめく
「良いではありませんか! お嬢さまのおパンツ姿で罪なき
「……お仕事」
「そうです、お仕事です」
「お仕事……。お仕事……。……うん、わかった。お仕事、がんばる」
「その意気です! では、さっそくですが明日、第三王子、
「びえええええっ! もうやだよお、誰かかわってえええええっ!」
カリオストロ家では今日も平和に、泣き声が響くのだった。
完
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