三章 ヒーロー令嬢、その日常
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行く先々で地元の人々が様々な案件を持ち込んでくる。
カリオストロ家当主
「お話はわかりました。すぐに協議して取りはからいます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
と言って、笑顔で帰って行く。その様はまさに『肩の荷がおりた』という様子であって、心から
領主としての
どこからどう見ても色気の欠片もない田舎くさい小娘。素敵で無敵な可憐なヒーロー令嬢としての面影はまったくない。実際、この姿を見てヒーロー令嬢、
しかし、そんな地味な姿であっても領民からの信頼は篤い。誰もが単なる口約束だけで満足して帰って行くのはそれだけ、
――
そう思い、思わず見直す
実際、
朝起きるとまず、メイド姿もかわいらしい
「お嬢さま。これが、今朝の案件です」
その一言とともに、山のような書類をもってくる。
『山のような』というのは
ベッドに入ったままそれらの膨大な書類に目を通し、一日の予備知識を仕入れたあとでようやく起床。
辺境伯であるカリオストロ家の領地は広い。三つの都市に七つの町、二〇以上もの村からなる。七つに区分けされた領地のひとつを訪ね、人々の訴えを聞くだけで午前中は潰れてしまう。
屋敷に帰って昼食。その後、
すべての案件処理が終わると外はすでに真っ暗。
それらすべての仕事が終わるころには、すでに日付がかわっている。午前零時を過ぎてようやく入浴。この時間だけが仕事から解放されて、のんびりできる時間。
「ん~」
と、
「は~、落ち着くう。やっぱり、あたしみたいな地味な人間にはこういう暮らしが似合ってるわあ」
絶世の美少女の肉体に転移したとは言え、中身はしょせん、悲しき社畜OL。仕事しごとに追われる日々の方が落ち着いてしまうのだった。
しかも、この世界、見た目はお城やら王侯貴族やらで中世風だが、科学のかわりに魔法が発達しており、家電製品やスマホ、インターネットに相当する仕組みまで存在している。現代日本人にとってもまったく不便を感じることなく暮らしていけるのだ。
「なにより、前の会社ではひたすら社内にこもって事務仕事、上司に怒られるばっかりだったけど、ここでは顧客と直接、会って、案件を聞いて、解決することができるんだもんね。しかも、きちんと感謝もしてもらえるし。前に比べたら天国だわ。ずっとこんな毎日だったら一生、帰れなくてもかまわないんだけどなあ」
と、満面の笑みで伸びをしながらそう呟く。
――せっかく、貴族の令嬢、それも絶世の美少女になったんだから、以前はできなかった恋のひとつやふたつ……。
などとは決して思わないのが悲しき社畜OLの限界。『恋愛する』という発想そのものが存在しないのだった。
「ほんと、お願い。このまま平穏に暮らさせて」
そんな願いは叶わないのが人の世の常。かの
それは、カリオストロ家の情報室。
魔法のテクノロジーに包まれたその部屋で、メイド兼秘書の
それは、本物の
そこにはシーホース王国はおろか、世界中のありとあらゆる情報が流れ込み、どれほど
そして、
そして、いま、
「……新たなる婚約破棄を発見。お嬢さまにお伝えしなければ」
使命感に燃えるメイド兼秘書は立ちあがった。『いま』の主人である元社畜OLに事態を伝えるために。
「お嬢さま!」
突然、風呂のドアがけたたましい音を立てて開き、メイド服姿の
「キャアッ! なによ、いきなり!」
同性とはいえ――そして、本来の自分の体ではないとはいえ――『他人に裸を見られる』ということにまったく免疫のない
「新たな婚約破棄の発生です! 明日の
「ええっ~、またあっ! ついこないだ、片付けたばっかりじゃない。なんで、そんなにしょっちょう婚約破棄があるのよ、この国はあっ⁉」
「婚約破棄を望む人がいるからです!」
「誰よ、そんな迷惑なやつ。もうやだよお~。あんな恥ずかしい格好で恥ずかしいこと、したくないよおっ!」
「恥ずかしいとはなんですか! 罪なき
「それはあたしじゃな~い! 日本でバカンスしてる、この体の持ち主でしょお~!」
「いまは、お嬢さまこそが
「横暴よ、身勝手よ、あんまりよ! ミニスカ姿で生足ドバアッで唄って踊るなんて、やっていいのは一〇代まででしょおっ~! 三〇代社畜OLがやっていいことじゃな~い!」
「それでは、お嬢さま。ヒーロー令嬢を引退なさいますか?」
「えっ?」
思わぬ返答に
「お嬢さまがやりたくないなら無理にやらなくてもかまわない。引退していい。そう
「い、引退していいの……?」
「はい。すべてはお嬢さまのお心ひとつ。いかがなさいますか?」
意外なほど真剣にそう問われ、
「……やる。罪もない女の子が泣かされるのを黙って見ているわけにはいかないもんね」
「それでこそ素敵で無敵なヒーロー令嬢です! 大きなお友だちのために、これからもミニスカドレスでがんばりましょう」
「せめて、小さなお友だちにしてえっ~!」
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