15 デート②

「面白かったよね!」

「ああ」


 興奮してるからか、手、離してること忘れてるな。


「やっぱあの監督の作品はハズレ無しだわ~」


 晶はうんうんと深く頷き、


「あ、どこが一番良かった? 私はねぇ……どれにしようかなー……う~ん……」


 腕を組んで、考え込み始めた晶を、


「ほら、通路の真ん中だから」

「あ、ごめん」


 背中をそっと押すようにして、端に寄せる。

 晶はそれに逆らうことなく端に寄り、う~ん、と考え、


「やっぱ最後の、高層ビルから飛び降りるシーンかなー。でも車ごと海に落ちた時の驚きも捨てがたいし……ね、稔はどこが良かった?」

「中盤の、多対一の戦闘シーンかな。あのアクションは見てて気持ちよかった」

「ああ! そこも良いよね! あー、見れて良かったー!」


 久しぶりに、いつもの晶を見てる気がするな。

 照れてるこいつも可愛いけど、いつものこいつも、やっぱ可愛い。


「じゃ、昼食べるか。どこ行く?」

「あー、んー、どうしよっか? 結局決めかねたよね。デートっ、ぽい……と、こ……」


 晶の顔が、みるみる赤くなっていく。

 思い出したな、今がデートだってこと。


「ごめ……その、はしゃいで……」

「いや? 全然。可愛かった」

「……そ、ですか……」


 晶は顔を俯け、カバンの肩紐を両手で掴む。


「晶」

「は、い」

「昼食べるとこ、昨日の夜探してたんだけどさ、最近オープンしたばっかのカフェがあるらしいんだよ」

「カフェ、です、か」

「そ。ここ。行ってみるか?」


 俺はスマホで、そのカフェのホームページを見せた。

 そこは、可愛らしさをコンセプトにしてるんだろう、外観も内装もメニューも、全てが文字通り可愛らしいところだった。


「……こ、ここ、行くの……?」

「別にここじゃなくてもいい。デートっぽさで選んだだけだから。どうする?」


 晶は、困ったような嬉しいような、そんな顔で俺と俺のスマホを交互に見る。


「……い、行くだけ行ってみて良い……?」

「ん。じゃあ行くか。……手、どうする?」

「へ?」

「繋ぐ?」

「え、あ、……つ、繋ぐ……」


 晶の左手が、そろりとカバンから離れる。


「ん、分かった」


 その手を取ったら、ビクッ! と、晶の肩が跳ねた。けど、振り解こうとはしてこない。


「……」


 少し考え、デートっぽさを演出しようと、指を絡ませてみた。


「ひぇ……」


 可愛いな、反応。


「行くか」

「う、うん……」


 少しだけ手を引くと、晶は歩きだした。俺は、その歩調に合わせて歩く。

 並んで歩いていたら、晶が少しずつ近づいてきて、ぴと、と俺にくっついた。

 ……クソ、可愛いな。


「……あ、あの、さ」

「ん?」

「……わ、わざわざ探してくれたんだよね……あのお店……」

「ああ、まあ」

「ありがと……」

「……どういたしまして」


 ああクソ、可愛いな。ただのお礼の言葉が、どうしてこうも可愛く聞こえるかな。

 カフェに着いたら、出来たばかりの店だからか、それなりに混んでいた。俺たちは少し待ち、店員に案内され、二人用の席に座る。


「何食う? 俺、それなりに量食べたいんだけど」


 てか、ホームページの案内以上に可愛らしい店だな、ここ。一人では絶対入れねぇな。

 俺は、広げたメニュー表を晶に見せる。


「え、えっと……」


 ……迷ってるな。


「晶」

「へっ? ふぁ、は、はい……」

「迷ってんだろ。どれ食べたいんだ?」

「……こ、これと……これ……」


 一つは、生クリームとバニラアイスとベリーソースがトッピングされていて、表面にウサギの絵がプリントされたパンケーキ。

 もう一つは、イチゴをふんだんに使ったデカいパフェ。


「じゃ、両方頼め。残った分は俺が食べる」

「えっ、えっ、…………良い、の?」

「良いよ。量食べたいって言ったろ」


 そしたら、晶は口をもごもごさせ、目をうろうろさせてから、


「……あ、ありがと……」


 とても小さな声でそう言った。……はい可愛いああ可愛い。晶は世界で一番可愛いと思う。

 店員を呼んで、その二つと、一応俺用にフルーツサンドを頼む。ドリンクはどうするか聞かれ、晶はアイスのカフェオレ、俺はホットコーヒーにした。


「……」

「……」

「……」

「……」


 なんか晶がチラチラ見てくるんだけど。


「どうした? 俺の顔になんか付いてる?」

「え、あ、…………えっと…………なん、でもない……」

「気になる」


 言ったら、晶は少し俯き加減に、「……怒らない?」と聞いてきた。


「何を言うつもりだよ」


 なんだ突然。なんか怖いな。


「……やっぱり、なんでもない……」


 なんでシュンとすんだよ。


「……怒らないから、言ってみろ」

「……ホントに、怒らない……?」

「怒らない」


 晶は目を彷徨わせ、口を開いたり閉じたりして、


「………………私の前に、誰かと付き合ったり、デートしたりしたこと、ある?」


 なんだその質問。


「ないけど」

「ホント……?」

「ホントだよ。ない」

「……でもなんか、慣れてる感じする……堂々としてるし……」


 ……。お前な。


「……正直に言うぞ。俺は今、お前に、楽しんでもらったり、喜んでもらおうと必死だ」

「必死……?」


 首を傾げる晶に、


「そうだよ。これでも必死にカッコつけてんだよ。俺は誰かとデートなんてしたことない。付き合ったこともない。俺はずっと、晶が好きだったからな。分かったか」


 ……。ちょっとアレだな。言いすぎた。流石に少し恥ずい。

 けど、想いはちゃんと伝わったらしい。その証拠に、晶は目を丸くして、その顔を真っ赤にしている。

 と、そこに、頼んでいたものが運ばれてきた。


「ほら、来たぞ」

「う、うん……」


 ぎこちない動きでナイフとフォークを手に取った晶へ、一応聞いてみる。


「写真、撮らなくていいのか?」

「え?」

「ほら、これ」


 俺はメニュー表を取って、その表紙のある部分を指差す。


『♡店内撮影OK♡SNSで共有してね♡』


「あ、そ、そっか……撮る……」


 スマホをその小さなカバンから取り出し、晶はパンケーキを撮影する。


「……」


 俺もスマホを取り出して、カメラを起動させ、


「晶。ちょっとこっち向けるか」

「え?」


 俺の言葉に反応して顔を上げた晶の顔を、


 カシャ


「……え? え、撮った?」

「撮った」

「な、なんで」

「記念」


 言ったら、晶は呆けた顔をしたあと、だんだんと不満げな顔になり、


「……撮り直して」

「そうか?」


 充分可愛いんだけど。


「ちゃんと撮って」

「……了解」


 俺は晶に指示され、パフェと一緒に笑顔でピースをしている晶を撮った。


「稔も撮らせて」

「俺? 撮るの?」

「うん」


 そして晶にポーズを指定され、フルーツサンドを持ち、ピースをして、


「稔、笑顔」

「笑顔なぁ……」


 なんとか俺が笑顔を作った瞬間に、パシャリ、と音がした。撮れたようだ。


「いいか?」

「……まあ、いい」


 まあて。


「……じゃ、いただきます」


 はむ、とフルーツサンドを口に入れたら、


 パシャリ


「……」

「えへー、お返しですー」


 その、イタズラが成功した、とでも言いたげな顔に、


「……お前なぁ」


 俺はフルーツサンドを飲み込んでから呆れ声を出した。


「……怒った?」

「いや、怒ってはいないけど」


 というよりむしろ、一挙手一投足が可愛すぎて、怒る気になれない。

 晶がパフェを撮影している間に、俺はフルーツサンドを食べ、それが最後の一切れになると、


「晶、これも食うか?」

「え、良いの?」

「良いよ」

「……なら、一口だけ……」


 晶は、皿に乗っているフルーツサンドを取り、本当に一口だけ食べ、皿に戻した。


「全部食っていいぞ?」

「そんなに食べれないよ。……太っちゃうし」


 そして、パンケーキとパフェを少しずつ食べた晶は、「……お腹いっぱい……」と言って、椅子の背もたれに背を預けた。


「もういいのか?」

「うん」

「じゃ、貰うな」


 フルーツサンドを食べきっていた俺は、パンケーキとパフェを引き寄せると、五分の一も減ってないそれらを食べ始める。

 ここ、食い物も結構美味いな。こういうとこは、見た目に金をかけるために、味は二の次になりやすいと聞いたりするけど。


「……稔ってキレイに食べるよね……」


 テーブルに頬杖をつき、俺を見ていた晶がしみじみと言う。


「そうか?」

「うん。がっつかないで、キレイにどんどん吸収してく感じ」


 吸収ってなんだ。ちゃんと口から食べてるんだが。


「──ごちそうさま」

「早ぁい」

「そうか?」

「うん。早い。いつも思ってたけど、ちゃんとしっかり噛んでるのに、食べるスピードがすごい」

「そうか。……このあと、どうする?」


 聞いたら、晶は目をぱちくりとさせた。可愛い。


「……どうしよっか。まだ二時過ぎだし……あ」

「うん?」

「家来る?」

「……うん?」

「家で一緒にゲームしない? ほら、この前発売されたFFの最新作、うちにあるんだ。どう?」


 ニコニコと笑顔で提案される。

 俺も、まだ晶と一緒に居たかったし、


「じゃあ、行く」

「よし決まり」


 ……いつの間にか、『いつもの』晶に戻ってるな。何も文句はないけど。どういう理屈だろう。

 で、会計時にちょっとした、言い争いのようなものをしてしまった。


「私も払う!」

「ほとんど俺が食べたんだから、俺が払う」

「稔におんぶにだっこはヤダ!」

「……」


 むくれる晶に、


「なら、次は晶が払ってくれ」

「……つぎ……」

「そう、次」


 言ったら、晶は頬に両手を当て、俯き、


「……晶?」

「……なんでもない。……分かった。……次は私が払うからね。次は」

「はいはい」


 そして会計を済ませ、店を出た。


「次……んふふ……次……」

「晶?」

「なんでもないでーす。お気になさらずー」


 晶は赤い顔で嬉しそうにしながら、俺の手を握る。


「ほら、行こ」

「……ああ」


 ……なんつーか、もう、可愛いとしか言いようがないな。

 次のデートが楽しみなのか、このカフェに来るのが楽しみなのか、それは分からないけど、どっちにしろ楽しみってことだろ? それにはしゃいでんだろ? 可愛いかよ。



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