16 デート③
「ただいまー」
「お邪魔します」
晶の家に上がれば、
「おかえりー、いらっしゃーい」
日向がリビングで、大きなカバンに何やら色々と詰めていた。
「お姉ちゃんなにそれ」
「いやね、お父さんがさ、なんか自治会に使うから持ってきてくれって」
日向は物を詰め終えると、それを持って、
「じゃ、入れ替わりになっちゃうけど、行ってきます。あ、稔は何も遠慮せず、ゆっくりしてってね」
出て行ってしまった。
「……」
「……」
晶と顔を見合わせる。
……二人きり……いや、去れ煩悩。
俺はゲームをしに来ただけだ。
「……ゲームするか」
「う、うん。えと、カバン置いてくるから待ってて」
「おお……」
リビングを出ていく晶を見送り、どうするか少し考え、ソファに座って待っていることにした。
ジャケットを脱ぎながら、考える。晶の家に上がるなんて数年ぶり……何年ぶりだろうか。中学の初めの頃からもう、食べ物なんかのおすそ分けをしに行くくらいしかしてなかったから、少なくとも、四年……?
「……はぁ」
ソファに座って、辺りをなんとなく見ていたら、
「……まだ持ってんだ」
俺の視線の先にあるのは、テレビ台の上に置かれた、コロンと丸い、紙粘土で出来たウサギの置物。小学校の低学年の頃、晶と一緒に児童館の工作教室で俺が作ったものだ。晶のほうは猫の置物を作って、俺にくれた。
互いに、出来上がったら交換しようと言って作り始めて、俺は晶にあげるのだからと、出来るだけ丁寧に作った、という記憶がある。晶がくれた猫の置物も、当然の如く俺の家にある。
「おまたせ」
「おう」
戻ってきた晶は、「ちょっと待っててね」と言い、テレビの電源を入れ、ゲーム画面の接続に切り替え、今話題のFFの最新作をセットする。
「私もちょっとやったけどね、こう、作り込みがすごい。映像もストーリーも。テレビを買い替えて綺麗な画面でやりたいなぁ、とか思っちゃう。はいこれ」
「おお」
コントローラーを受け取ると、晶がスイッチを入れ、ゲーム画面が映し出される。
「どうせなら最初からやろうよ。チュートリアル前の世界観設定の説明から凝ってるから」
「なら、最初から」
そして晶が俺の隣に座り、俺はその近さに少し緊張しつつもゲームを開始した。
◇
「あっクソ、また負けた」
序盤のバトルで、俺は今、五連敗を食らった。
「レベル上げはしたのにねぇ? ものも揃ってるはずだし……攻略見る?」
「いや、もうちょいこのまま探ってみる」
「そう? あ、飲み物もう無いか。どうする? またコーヒー飲む?」
「飲む」
「おっけ。待っててね」
「いや、自分でやるよ。晶は何飲む?」
コントローラーを、テレビとソファの間に設置してあるローテーブルに置いて、立ち上がる。
「え? うーん……なんかジュース飲もうかな」
「ジュースな。適当に選んで良い?」
「んーん、私も行く」
晶もそう言って立ち上がり、ローテーブルの上のコップを持ち、二人でキッチンに。
「つーか気合凄いな、今回の。毎回凄いとは思うけど」
粉コーヒーの瓶の蓋を開け、空になったコップへ粉コーヒーを入れつつ言う。
「でしょ? バトルもストーリーも作り込みすごいでしょ。……えーと……何飲もう……」
晶は冷蔵庫を覗いたり、常温保存が利く飲み物類を眺め、
「ミルクティーにしよっかな」
と、紅茶缶などが入ってる棚からティーバッグの箱を取り出し、そこからティーバッグを一つ取り出した。
俺は電気ポットからコップへお湯を三分の二ほど注ぎ、水を足す。
「……」
先にコーヒーを完成させてしまった俺は、その場でちびちび飲みながら、晶のほうが終わるのを待つ。
「あ、行ってていいよ」
「や、待つ」
「そう? じゃ、もうちょい待ってて」
コップにお湯を注いだ晶は、時計へ目を向けて時間を測る。
「……」
なんだろう。なんだろうな。なんか今すごく、晶を赤面させたい。エロいことをしたいんじゃなくて、赤面させたい。
「……晶」
「んぅ?」
「好きだ」
「へ」
晶が勢いよく俺へ顔を向けた。
「……な、なに……?」
「いや、言いたかった。好きだって」
そして赤面させたかった。
「そ、そう……」
俺から目を逸らした晶の頬が、赤くなっていく。
成功した。なんか、優越感があるな。あとやっぱり、
「可愛いな、晶は」
「へい?!」
牛乳を取り出そうと冷蔵庫を開けた晶の肩が、思いっきり跳ねた。
「だ、からなに……? さっきから……」
眉をひそめた顔を俺に向けてくるが、その顔が真っ赤なので、可愛いとしか感想が出てこない。
「いや、事実を言っただけだけど?」
「じじつ……」
晶は、ティーバッグを抜いたコップに牛乳を注ぐ。
「……稔だって、格好良いじゃん……」
「え、そう?」
俺、格好良いの?
「そう! ……告白されたこととか、無いの?」
「……ある、けど」
「やっぱりあるんだ……」
おい、なんで声を沈ませる。
「昔の話だぞ。お前だって告られてんじゃねぇか。しかも何回も」
「そうだけど……稔が格好良いのを知ってもらうのは良いけど、良いっていうか嬉しいけど、告白、は、複雑……」
牛乳を仕舞った晶は、顔を俯かせて、俺に抱きついてきた。
「……どうした」
俺はコーヒーを調理台に置いて、晶の頭をぽんぽんと叩く。
「……何回告白された……?」
なんだその質問。
「……えー……」
中三の時と、高一の春と秋だから──
「三回、だな」
「……」
締めつける力が強くなったんだけど?
「私は稔が好き」
はい?
「私は稔が好き。私は稔が好き!」
「どうも……?」
「稔、かがんで」
腕を解いたと思ったら、そんなことを言われた。
「かがむ?」
「……届かない、から」
赤い顔を背け、言われる。
「……」
期待していいかな。このあとの展開に。
少しかがんだら、首に腕を回され、より引き寄せられて、
「ん」
キスをされた。
「……」
可愛いな。可愛いとしか言いようがない。
要するにだ。俺が告られたことにヤキモチ焼いて、自分が彼女なんだからって、伝えたかったってことだよな? このくらいはうぬぼれていいよな?
俺は、晶の腰に片腕を回し、もう片方でその頭を固定し、一瞬口を離して、もう一度キスをする。
「ん……」
ヤバい。駄目だ。その声は駄目だろ。反則だ。エロい。
「んぅ……」
あー駄目。はい駄目。そんなうるうるさせた目で見てくんな。
抑えきれなくなる前に、なんとか気力で口を離したら、
「……。もう、おわり……?」
そういうことを言わない。やめなさい。
「終わり。駄目。これ以上は無し」
そう言って手を離す。
が、晶のほうは離してくれない。
「私、あんまり魅力ない……?」
ありまくりだよ。
困るんだよそういうこと言われるの。
「そういうことじゃないの。俺はお前を大事にしたいの」
「大事に……?」
「そう。だから、こういうのは、……その、段階を踏んでいきたいの。こう、ゆっくり? 育む? みたいな……だから、終わり」
「むぅ……」
晶はまた、俺の胸に顔を押し付け、ぎゅう、と抱きしめにかかってきた。
「もうしないぞ」
「……ハグしてるだけだもん……」
もんってなんだ可愛いな。
「……稔」
「なに」
「好き……」
「……俺も好きだよ」
あーあー心頭滅却心頭滅却。
結局、晶に抱きしめられたまま結構な時間が過ぎ、コーヒーは冷めてしまった。
◇
「じゃ、そろそろ帰るわ」
コントローラーを置いて、そう言った俺に、
「えーもう?」
晶が不満そうな声を上げる。
「倒せたし。つーかもう五時だからな。日向さんとか、流石にもう帰ってくるだろ?」
というより帰ってきて欲しい。
家を出るタイミングが掴めない。
「んむぅ……」
「ほら、また明日会えるんだから、な?」
「むぅ…………分かった……」
「じゃ、食器洗い済ませたら出るから」
「え? あ、いいよ、やっとく」
「いーから」
俺はローテーブルの上の二つのコップを持ち、キッチンへ向かう。
そしたら、「いいのに……」と言いながら晶がついてくる。
俺が流しにコップを置いて、洗おうとしたら、
「……どうした」
晶が後ろから抱きついてきた。
「……もう帰っちゃうから、稔を補給してます」
「そうか」
よく分かんないけど、可愛いからいいか。
俺は手早く、そのコップ二つを洗い、水切りのラックに置いて、
「終わったぞ」
「どうぞ、このままで」
「……」
俺がゆっくり歩きだすと、晶は俺を抱きしめたままついて来る。俺は、ソファに置いておいたジャケットを手に取り、
「……」
持ったまま玄関へ行き、
「ほら、流石に靴が履けないから」
そしたら、ぎゅっ、と一回力を込められ、手を離された。
俺は靴を履き、晶へ振り向いて、
「今日、どうだった?」
「え?」
「いや、楽しめたかなって」
「……楽しかったし、嬉しかった。……けど」
晶は顔を俯かせて、
「それがもう終わりになっちゃうの、寂しい……」
……ああもう帰りたくねぇなぁこのやろうが。
「……晶」
「なに……ひゃっ?」
俺は晶を抱きしめて、
「また、明日な」
「……うん」
晶は、抱きしめ返してくれた。
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