第15話 夜と朝のあいだに
犬を飼い始めて数週間が経った。
虫除け、虫刺され、日焼け止め、各薬は好調に売れている。来年は早めに作ってリリーズ領に送ってもいいかもしれない。
番犬あるいは護衛犬として飼った三匹の子犬だけれども、実はソリ犬で人懐こい犬種であり、護衛どころか番犬としても向いていないという話だ。
しかも、かなりデカくなるらしい上に、運動量も必要というなんとも頭の痛くなる話である。
まぁ、護衛問題はひとまず置いておこう。
こちらとしては、命を買ってしまったわけだから、飼うしかあるまい。
ここの責任者はぼくだからな。
夕方過ぎに手紙が届いた。
ペザンテ領から二通。
アリア姉さまと師匠からである。
師匠からの手紙の内容はぶっ飛んでいた。
ペザンテ領に通る地脈の上──といっても実際は地下だが──で眠る古龍の垂れ流している魔力を利用して、その上にダンジョンをつくる。タイミングを見計らって中の魔物を解放。混乱に乗じて古龍を起こして国を混乱させる。或いは滅ぼすという計画だったらしい。
さらりと手紙に書かれていて途中で三度読み返した。
こんな重大な機密を手紙で書いてくるんじゃねぇ。
結果、首謀者を含め協力者、関係者はもうすでにほぼほぼ片づけたとある。
先生もふくめて無事だから心配しないようにとのことだった。
普通に大事件だが、解決というのならいいのだろうか。
姉さまからは、師匠の有能さには感謝しているが、師匠のことは大嫌いだから、影響はあまり受けないようにとあった。
やはり相性は悪そうだもんな。
師匠には王都にある店へと、同じく王都に帰ってくるであろう先生。それから姉さまに手紙を書いた。もちろん、犬を飼い始めたことも書いておく。
色々と書いていたらすっかりと夜中になってしまった。
凝り固まった肩と首をほぐして伸びをする。
のどが渇いたので、書斎をでた。
暗い廊下を歩くと夜中であるのに明るさを感じてぼくは窓の外を見る。
月が出ていた。青白い光を放つ見事な月だった。
あと一日か二日もすれば満月になるだろう。そんな月だった。
その月が青白い光を、まるでスポットライトのように中庭に落としている。
中庭には三匹の子犬のような丸い毛玉……じゃない丸い毛玉のような子犬。
礼儀正しくお座りしているが、短い手足と丸い身体で一見お座りしているかも怪しいところだ。
明るいオレンジと白い毛色がライズ。
黒に見える焦茶と白い毛色がナイト。
真っ白な毛色はライラ。
それぞれ、そう名付けられた子犬たちが見上げているのは寝巻き姿のルレイアだった。
何をしているのか?
見れば、手にはジャーキーを持っている。エサ……とは別におやつやご褒美としてぼくがつくったものだ。
「かの魔狼は月の魔力で大きく、強くなったと言います」と両腕を広げて。
「月の魔力を浴びて大きく強くなって敵を倒すのです」
犬に向かってルレイアが演説していた。
……いや、何をしてるのマジで。
三本のジャーキーを扇状に持つとしゃがみこむ。
みんなには内緒です──と、告げると一匹ずつジャーキーをくわえていく。
ガツガツとジャーキーを貪る毛玉犬を満足そうに見つめると。
「いいですか、ししょー……いいえ、ソナタ様の危機には颯爽と現れてその危機を排除しなさい。その時、ソナタ様は大量のジャーキーをくださるでしょう」
やめろ。食い物で釣ると食い物で裏切るぞ。
あと食い物がなければ動かなくなるぞ。
「その時は、私からもジャーキーをあげます」と付け足したあと。
「捨てられないためにも、偉大なる番犬へとなるのですよ」
犬たちの頭を一度ずつ撫でると満足そうに部屋へと戻って行く。
ぼくは見て見ぬフリをして部屋に戻った。
水は飲まなかった。
翌日。
ぼくはみんなを集めると子犬たちが番犬にも護衛犬にも向いていない犬種であることはとっくに知っていることを告げた。
アルガスも、シーラも、ルレイアも、ほんの一瞬、目が泳いだ。
「あぁ、心配しなくていい。向き不向きがあろうが、護衛犬にも番犬にならなくても、この三匹はこのまま飼っていい」
ほっと胸をなでおろす三人に向かってさらに言う。
「ただし、しつけはきちんとしろ。誰でもいいから、しつけに関した統一したルールをつくれ」
「では、わたしが」とシーラ。
「手伝おう」とアルガスも続ける。
うむ──とうなずいてぼくは続けた。
「──あと、無闇やたらにおやつを与えるな。少しコロコロしすぎだ」
みんな、どこか、ばつの悪い表情をしている。
その夜。
中庭には見事な満月が青白い冷たく優しい光を落としていた。
お座りしている三匹の前でジャーキー持ったルレイアが寝巻姿で立っている。
「良かったですね。ひとまず捨てられなくて済みそうですが、油断はいけません」
ジャーキーを扇状にしてしゃがみ込む。
「お前たちは偉大なる番犬となるのですよ」
そう言ってジャーキーを与えるルレイアの後ろから声をかけた。
「無暗におやつは与えるな、とぼくは言ったぞ」
キャッ──小さな悲鳴を上げて尻もちをつく。
子犬たちはジャーキーに飛びつくとくわえて小屋へと走り出す。
「あ、あの、これは……すみません」
「まぁ、いいさ。早く寝ないとまた勉強時間にうとうとすることになるぞ」
ぼくは手を差し出す。ぼくの手をとるルレイアをひっぱり起こすと中庭から出て行こうとする。
「あの、この子たちのこと、ありがとうございます」
「リリーズは身内だけには甘いらしいんだ。ぼくの師匠──ノヴィア・ファランドールが言うのだから、おそらくはそうなんだろうな」
「はぁ」
「身内、つまり、一度うちの一員になったからにはそうそう簡単に捨てたりはしない。だから、お前も安心していいぞ」
「でも、わたしは何もできません。ただのお荷物です」
「子犬と一緒だな。これから偉大になってくれよ」
ぼくが笑うと、ルレイアも笑った。
「お前にもジャーキーをつくってやろうか?コロコロになっちゃうかもしれんが」
「わたしはコロコロになりません。ししょーは意地悪ですね」
こうして、一つの事件はぼくの関与しないところで終わりを迎え。
その事件のせいで師弟となったぼくたちはこの日から打ち解けていくのだった。
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