第16話 否定のカタチ

「さて……どうしたものかな」


「お好きなようにすればよろしいかと」


「ソフィーはいつもそれだなぁ」


ぼくは半ば呆れた声を出す。

ペンを投げ出すと、出されたお茶をすすると背もたれに体重を預けた。


「だらしないですよ。ちゃんとお座りになってください」


「お前はぼくに甘いのか厳しいのかわからんな」


「あらあら、何かに迷っていても、若は自分のやりたいようにやるのがよろしいのですよ。今までもそうやって自分で選んできたのですから──」


「……午後からはルレイアを呼んでくれ」


「うふふ」と、どこか少女のように笑うソフィーは、なんとなくフローレンス先生に似ていると思うが、やはり、どこか決定的に違うのだった。


最近は勉強に身が入っていない──そんな話をソフィーとシーラからあがっているルレイアである。

体を動かすのが好きらしくアルガスと採取。犬たちの散歩。掃除や炊事などは積極的に手伝うのだが、今一つ学力は伸び悩んでいる。


そっち方面を伸ばしてもいいとは思う。素養なしでも森林育ちで鍛えた運動神経と身体強化の魔法は10才ながら中々に侮れないくらいの練度であるとアルガスも言っていた。



「あの……来ました」


「よし、始めるから座れ」


そうしてルレイアに対する最初の授業を開始する。


「あー……なんというか、お前のこれからについて、聞いておきたいのだが」


「はい」どこか硬い表情でかしこまった姿に苦笑する。


「そう硬くなるな。ぼくの弟子ということになっているが、どこを目指すか聞いておきたい」


「どこというのは」


「うん、最近は授業に身が入っていないだろう?学ぶのが嫌なら別に無理強いはしないという話だ。やりたくない、やる気がないのに教えるのは互いによくはないだろう。シーラとソフィーとお前の時間を無駄にしたくないからな」


うつむくルレイア。


「このまま中途半端になるのなら、授業はしなくていい。アルガスについて身体を鍛えて強くなる、というのでも別にいい。その後は狩人か冒険者か傭兵、ぼくの護衛にでもなるというのでもいい」


顔をあげてこちらを見る。どこか期待するような、どこか、すがるような、そんな複雑な顔をしている。


「前も言ったが、簡単に捨てないから身内なんだ。今の、お前は子犬と同じ。色々学ばなきゃならん。が、ぼくと同じ錬金術師の国家資格をとるというならば、このままだと不可能だからな。一度、お前の目指すところを聞いておきたいのだ」


そうしてルレイアは話し出す。

大森林で過ごしていた頃の話だ。


彼女の母はハーフエルフであった。

エルフの父とヒューマン族の母から生まれたハーフであるが、その見た目は人間族と変わらずに、むしろヒューマン族としても地味な見た目だったらしい。


普通に街で家族三人暮らしていたらしい。

両親が事故で亡くなり、ルレイアがまだ小さい頃に祖父であるエルフに預けられた。見た目がエルフと変わらぬことから引き取るのには問題なくスムーズに引き取られたのだが。


大森林で暮らしていくにあたって障害がでてくることになる。


四大魔法の素養なし。

ヒューマン族で魔法の使えない者はそれなりに多く、半分以上は使えないと思っていい。さらにその半分以上は、魔力量が少なく、例えば、火魔法を素養があると言ってもライター程度の火種しか起こせないレベルと言えばいいだろうか。


ヒューマン族の貴族に関して言えば、そのほとんどが魔法の素養ありで、複数の素養を持つ者も多いとされる。


対して、エルフで四大魔法の素養のないものはほとんどいないのだ。


魔法の素養は種族によって違いがあるものの、成長時間だってヒューマン族と変わらぬルレイアは幼い頃から疎外されてきた。


見かねた祖父が知人であるぼくの師匠に相談をしたらしい。


「おじいちゃんがノヴィアさまの話をしてくれました。ノヴィアさまのお弟子で素養なしでも国家錬金術師になったすごいのがいる。しかも15才だって」


「ぼくのことか」


「はい。それで素養なしでも、エルフから凄いと言われるししょーに憧れました」


と、ルレイアはぼくを真っ直ぐに見つめて言ったのだった。


「そうか、ん、待て」


「はい」


「お前は、もとは師匠の──ノヴィア・ファランドールの弟子になるのに来たのだろう?」


「違います。ノヴィアさまに学園を卒業したら紹介してやると言われましたが、その、いられなくなってしまって。それでも、ノヴィアさまは、ししょーはチョロいから大丈夫って言ってました」


「あー……わかった、もういい」


「わたしは、みんなの役に立ちたいです。すごいって言われたいです。どこを目指すとかわからないですけど……」


「これを見ろ」


簡単なもの。

それでいて効果的なもの。


「紙に、なにかの付与ですか」


「この文字がわかるか」


首を横に振るルレイア。


「これに魔力を通すと──」


人差し指と中指で挟んで、魔力を込める。

ぼんやりと紙に書かれた文字が光ると一気に発火した。


「──燃える」


興味深いもの。

ただし繊細な調整が必要なもの。


「これが基本で簡単なもの──」


──精霊文字、神代文字、古代文字、に加えて魔力を持つとされる文字を魔法を導く回路として文字を使った付与魔術だ。


ルレイアの目がキラキラしている。


「──変幻のイヤーカフス、お前に渡した耳飾りには精霊文字を使っている」


右耳のカフスを外してまじまじと見つめる。


「文字ですか、模様にしか見えませんけど」


「それは”否定”の文字をキーに効果を付与しているから見えずらいんだ」


「否定、ですか」


「ぼくはわりと否定の文字をキーとしていれるのだ。まぁ、術者、製作者のクセみたいなもんだけどな」


「何で否定なんですか?命令に否定は向かないって書いてました」


「基礎魔術の初級編だな。なんだ、ちゃんと読んでるじゃないか──」とぼくは笑う。


「──何にでも、例外はあるだろう。結界や防御には”否定”がいいとされているんだよ」


文字での付与をするとき、”否定”はキーには向かないとされているが一部例外は結界や防御の場合は別である。耐熱の場合は”熱くない”だし、防御壁なら”壊れない”だ。


それに、このイヤーカフスの場合、本物の耳は”見えない”だから


そう説明するとどこか納得してようにうなずく。


「それにぼくたちは否定を否定していかなきゃならんのだからな」


「否定を否定?」


ぼくたちみたいな素養なしは否定を否定して、強い肯定を自分たちにしていくべきなのだ。


「素養なしは”役に立たない”なんて”言わせない”ってな」


「はい」


「まずは週に一度簡単なところから教えてやる。これからは覚えることがいっぱいだぞ」


「はい。でも、一生懸命やれば”できない”ことは”ない”と思います」



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