第14話 小さな護衛たち

季節はもうじきに初夏が訪れそうな頃合いになった。

ここは北方なので、まだ朝夕は涼しいが、リリーズ領はもう暑いかもしれない。


師匠が王都を出て数ヶ月が経つ。

師匠からも先生からも兄さまからも連絡がないのは少し不安になるが、今は自身の生活を安定させる方が良いだろう。



騒がしさに目が覚めた。

泥だらけのルレイアを見た日からしばらく経ったある日である。


早朝に中庭でルレイアを鍛え、朝食後に樹海の浅ところでの採取。

持ち帰ってきた物を選別──というのは手間なので欲しいものはあらかじめ伝えている。


希少な薬草は冊子をつくっておいたから判断できるだろう。見つけたら持ち帰るように言ってある。滅多に見つからないものは薬師ギルドの婆さんか薬問屋の爺さんに売るのがいいからだ。


在庫に関してはシーラがアルガスと共有することで余剰がでないラインを保っている。

いい調子だと思っていた矢先であった。


今回も怒っているのはシーラだな。


「……おはよう、ソフィー。今度は何なんだ?」


「あぁ、若。おはようございます、今起こしに行こうかと思っていところです」


「ん、ありがとう。で、なんの騒ぎ?」


出されたお茶をすすり尋ねる。どうも最近は夜更かししすぎかもしれん。ぼんやりした頭で二人を眺めた。


「──現在、若干の赤字だとお伝えしたはずですが、食い扶持を増やしてどうするおつもりですか」


シーラは絶好調だな。顔を見なくても眉間のしわが目に浮かぶ。


ん、いや待て。食い扶持といったか。


「──アルガス、勝手に人を増やすのは流石に見逃せんぞ」


ぼくが思わず声をかけると、振り返ったシーラは眉間に深いしわ。

目つきが若干きつい印象のシーラの眉間にしわがよると普通に怖い。美人が台無しである。


「あぁ、若様、おはようございます。またこんな時間に起きて……少しだらけすぎではないですかな」


テーブルについたアルガスが小言を言い始める。


「ぼくのことはいい。どこから誰を連れてきた?雇い主はぼくだ。さすがに勝手がすぎるぞ」


「頼れる護衛ですな」


悪びれる風もなくそう言ったアルガスの足下──机の下から子犬が3匹出てきた。


まだ子犬で丸い毛玉のような犬であった。


「それは、犬だな……や、犬だよな……本当に犬かそれ?」


「捨て犬を拾ってきたというならまだしも、この男は買ってきたのですよ。挙句、経費で支払いをと」


「おいおい、勘弁してくれよ。犬ぐらい飼いたいなのなら別に構わんが、そこは自分の給金でなんとかしてくれ。店舗と工房に入れなきゃ別にいい……が、面倒は自分でみてくれよ」


「いいえ、若様。この犬は護衛犬です。中々に大きくなる犬種だそうな。王城でも犬が警護をしていますね。この子らは俺が鍛えたいと思います」


「……犬を鍛えたことはおありですか」とシーラは怪訝な声を出す。


「王城で犬の管理をしていた友人がいる。話を何度も聞かされたから多分大丈夫でしょう」


ギリっ──呆れか怒りか。嚙み締めた歯の鳴る音がシーラから聞こえた。

「まいったなぁ」と、ぼくは天井を見上げつぶやいた。


「──護衛犬ねぇ……なぁソフィー、お前の旦那だろ?どう思う?」


「若が駄目と言ったらそのわんちゃんは返してこられるの?」


ソフィーの笑顔にアルガスの顔が引きつったのがわかる。

どぎまぎしだすアルガスの返事はきかなくてもいい。


「シーラ、護衛は必要か?」


すぐにでも、というわけではないですが安全面を考えるとどうしても──と不安な面はある様子だ。確かに、うちは若い女が二人いるし。

片方は街中をあちこち移動しているし、片方は街の外まで出てるし。


護衛がアルガス一人ではいずれ問題が出てくるか。


賢い犬ならいいだろうか。

あの耳と鼻があれば襲撃を直前で察知できるだろうか。訓練した犬なら万が一があってもなんとかなる……のか?


「護衛犬は子どもの頃から慣らし、鍛えるのですよ。犬の成長は早いものです。今から鍛えておけば、万が一、俺の足がこれ以上に言うことを聞かなくなっても大丈夫かと」


納品にでも、どこにでも連れて行ったらよろしい──言い切るアルガスはアルガスなりの考えがあったからなのはわかる。

まずは相談して欲しかったが。


「それに、三匹いますから三人につけれますぜ」


護衛が必要なのはお前以外だから四人なのだが。

さてはこいつ、ぼくを勘定に入れてないな。


まぁ、四匹目を買って来られても困るので、ツッコミはなしだ。


「ルレイア、どう思う」


「とっても可愛いです」


子犬から目を離さずに呟く姿を見て思う。聞いたぼくが馬鹿だった。


「……足はよくないのか?」


「まだ微かな痺れがあります。踏み込みの際の踏ん張りが時折、まるで利きませんな」


「そんな足で犬の散歩などできんだろう。シーラ、護衛の件も含めてどう思う?」


「王城の番犬──とまではいかなくとも、きちんと躾けられればそれなりに効果はあると思いたいですが……散歩などは交代で行かなきゃならないでしょうね。勿論、若にもお願いいたします」


「いいだろう。犬の代金はぼくがだす。だが、勝手をするのは今回で最後にしろ。あまりにひどいと給金からひくからな。今後は相談しろ」


こうして、護衛犬を三匹飼うことになってしまった。

中庭で犬小屋を建てているアルガスとルレイアを見ながら茶をすする。

ソフィーとシーラに聞いてみた。


「なぁ、ぼくが甘いからこうなるのか」


「いいえ、ソナタ様らしいかと」


「若はお好きなようにするのがよろしいのですよ」


そう言われて、ぼくは答えなかった。


「……そういえば、名前を決めてませんでしたね」


真顔でシーラが呟くとアルガスとルレイアのもとへ。



数日後、ぼくは一人で薬師ギルドを訪れていた。


「おや、珍しいね。坊ちゃんが一人で来るなんて」


「うるさいぞ、ばばあ」ぼくは笑顔で答えると婆さんも笑う。


「この辺りの需要はどうだ」


つくって来た薬瓶を並べる。

手に取るとじっくりと観察してから。


「虫除け、虫刺されに日焼け止めかい?」


「そうだ。これから必要になるかと思ってな。需要があるなら少し多めにつくってもいい」


「……何か企んでるのかい」


「あぁ、違う違う。食い扶持が増えたから、少し稼ごうかと思ってね」


「あぁ犬を飼ったらしいねぇ。あのガサツなじいさんが買って来たんだって?」


「あれでも、一応は色々と考えてはいるんだ」


「ふうん、そうだねぇ、多少は多くても買い取るよ。ほかの街にも流せるから」


「納品はシーラか、そのガサツな男が来るだろう。よろしく頼むな」


「あぁ、お前は知っていた方がいいかもね」


そう言って渡された紙を受け取ると店を出た。


紙に書いていたのは、ぼくの家で飼い始めた犬についてだった。どうやら北方ではよくいるソリ犬らしい。


人なつこい犬種で番犬にはあまり向かないとのこと。


「……何が護衛犬だよ」


しかも、かなりデカくなるらしい。

ぼくは頭を抱えたが、反対していたシーラが一番可愛がっている。


帰り道、通りの向こうから三匹の子犬に引きずられるようにルレイアとアルガスが向かってきた。

思いきり引っ張られているルレイアとあたふたとそれを追いかけるアルガス。

訓練もしつけもあったもんじゃない。


「……減給だな」


ぼくは手の中のメモを握りつぶして呟いたのだった。

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