第13話 それぞれの仕事

リリーズ領を出てオウルへと来た。

オウルに着いた時、まだ店は完成していなかったが、予定よりずっとできていたのは驚きだった。大工たちと残りの工事について相談すると、新築じゃなく改築になるのだから思ったよりも早く完成しそうだと言われた。


長旅は疲れたが、家の完成まではがんばるしかない。

それから約二ヵ月。

本当に忙しかった。おもにぼくだけが。


工房部分の壁に強化の刻印魔法を刻んだり、新調した錬金釜や工具、魔導具を設置したり、大量にガラスを用意し強化魔法で割れにくくしたりと開店に向けてやることがたくさんあった。


毎日、魔力を限界まで使ってへとへとだったぼくは、寝るときは気絶するように一瞬で眠りについた。

風呂、トイレ、キッチンを特にこだわった分大変だったのだが。

こだわった分、みんなからは好評を越えて大絶賛を受けた。


途中で変更した部分もあったが、概ね理想通りのぼくの城が完成した頃にアルガスが来た。荷造りと借家を引き払うと言ってリリーズ領に残っていた男だ。


元はうちの先代領主──つまり祖父が領地を治めていたころから仕えてくれている騎士で歳をとってからは騎士団の指導役を担っていた男である。

歳は50を過ぎた頃だろうか。騎士にしては小柄でやや細身だが、腕力はある。白髪の坊主頭で顔に大きな傷があり、怖いところがあるが、意外に料理が趣味であり、うちのコックより上手いかもしれん。


シンプルな男で、口癖は”強くなりたければメシを食え。メシが体をつくるのだ”である。


リリーズ家の次男であるフーガ兄さまはアルガスに教えられ気づけば料理好きの脳筋になっていた。


そして。

そのアルガスと一緒に暮らしていくうちに気づいたが。


アルガスはトラブルメイカーだ。

悪気がない分、性質が悪いタイプ。シーラとの相性は最悪に近いのが少し困ったものだ。


そうしてぼくの店は開店した。開店したものの客足は芳しくない。

予定通りというかポーションの類を定期的にあちこちに納品することがメインとなっている。


衛兵や冒険者ギルドへ毎月一定量を納めている。シーラがとってきた仕事である。

それ以外には時折薬師ギルドからの調薬依頼や壁の強化依頼など。飛び込みでつまらない仕事があることはあるが、決して儲かっているとは言い難いのが現状である。


というか、毎日ちょっとずつ赤字だった。


ぼくは新参者である。国家資格を持っていたとしてもいきなり店をだしても、これまでのあった店で事足りていたら売れるわけがないとも思うが。


安定とは中々に程遠くある。


そんな中、それぞれの役割ができていた。

例えば、店員の予定だったシーラは客が来ないので、基本的に午前中はルレイアへ授業を。午後からはポーションの納品。または材料である薬草類の仕入れなどをしている。


器用で優秀なシーラは意外にも料理は不得手であまり得意ではなかった。

まずくはないのだが、食べるのがしんどくなってくるというか。

食べれるけど、おいしくないというか。


初めて出されたときはみんな無言になった。

シーラは「お腹に入れば同じです。必要な栄養はとれているかと」と真顔で言っていたが、頬を少し赤くしていた。


ぼくはそれを見て見ぬフリをした。


ソフィーは掃除や洗濯、料理もこなす。

ほとんどが店にいて、店員も兼ねている。客は少ないが来ないわけではないのだ。

基本的に程よいタイミングでぼくやルレイアにお茶を出し。休憩を促し。焼き菓子なんかを持ってきてくれる。

シーラと交代でルレイアへの計算や読み書きを教えている。


で。

で、だ。


問題はアルガスなのだ。

この元騎士は、元気が有り余っているのか、朝昼晩の食事をつくる以外はあっちへフラフラ、こっちへフラフラとしている。


気づいたらルレイアをオウルの北側にある樹海の浅いところに連れ出しは武術を教え出したりしている。

いや、マジで何をやっているのか。



「おはよう、ソフィー。なんの騒ぎ?」


「あぁ、若様。おはようございます。今、起こしに行こうかと思っていたとこですよ」


ぼくは出されたお茶をすすり、寝起きで回らぬ頭で二人を見る。


「……なぁソフィー、ルレイアはなんで泥だらけで床に座ってるの?」


「それがですね──」


うちの主力がポーションであるため、最近は薬草についてのあれこれをルレイアに教えている。薬草の下処理や選別はできるようになってもらいたいところだからだ。


図鑑を見せて教えるシーラ。

シーラの場合は仕入れもしているし、現物も見ているので大まかな選別はできるが鮮度や使用する部位や効能まではわかっていないものが多い。


ルレイアは大森林育ちのため、薬草は大体わかるのだが、北方とは微妙に植生が違っていても覚えるのに時間がかからない。

そう思っていたが、図鑑を見ただけでは中々覚えられないでいた。


それを見ていた暇人アルガスは──。


「樹海へ連れ出して生えてるところを見せに行ったってことか」


ぼくはため息を一つ。


「──いや、若様。実際に見て、匂いを嗅いで、触ってみた方が覚えやすいでしょう。これは必要だと思いますがね」


「確かに、アルガスのいうことも、もっともだな。あれだろ、百聞は一見に如かずだったか」


「百聞は一見に如かず、ですか」とシーラ。眉間のしわがなんとも深い。


「他人から何度も聞くより一度見てみる──経験した方が覚えるし早いという意味だな」


「──ですが、木の実を見ていて目を離すのはいかがなものかと。ルレイアは沢に転げて泥だらけではありませんか。そもそも樹海は危険すぎます。目を離す護衛は護衛とは言えないでしょう」


「アルガス、お前は……」


これはシーラも怒るだろう。当たり前だ。


「だが、ケガはなかったぞ。森に入って服が汚れるのは当たり前だ」


「それは結果論です」


「結果を出し続けたから、俺はまだ生きているんだ」


ぼくはため息をもう一つついた。

ぼくの仕事はポーション作りと喧嘩の仲裁らしい。


ルレイアを風呂に。ソフィーには洗濯を頼んだ。

アルガスには床を掃除するように言って、シーラと話す。


「ルレイアが望むなら、アルガスに護身術と簡単な採取を教えさせるのはどうだ」


「アルガスさんは雑かと思いますが」


「次からは平気さ」ぼくは断言する。


「教官という肩書をくれてやる。そうすりゃ、緊張感をもって指導してくれるさ」


「なら、構いませんが……」


やや、不満げなシーラに手帳を渡す。


「これは?」


「スケジュール手帳だ。作ってみた」


前世の記憶を頼りに線を引きカレンダーを書いた一点もののスケジュール手帳だ。これを機にアルガスの行動も管理してもらいたいところである。


「頂いてよろしいのですか」


「シーラのためにつくったんだ。ま、書いただけだが。感謝してるんだ、これで管理しやすくなればいいが」


「ありがとうございます」とスケジュール手帳を受け取るシーラの表情はあまり変わらなかったが、振り返って歩き出した足取りは軽く見えた。







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