第11話 交渉
姉上の領地でよからぬトラブルが起きているらしい。
解決にぼくの師匠と先生が向かっている。
そのことを兄さまと話す予定である。ついでに弟子をとったことの報告をしなきゃならない。
兄さまからの迎えの馬車を待つ間に弟子育成計画を立てたが、スカスカの計画は使用人──シーラの否定されたというわけで。
いや、一人でどうにかできる、とは、ぼくだって思っちゃあいなかった。や、マジで。
だって、ぼくは有能ではあるが、万能ではないのだから。
いずれ従業員を雇うつもりではいた。
ただ、家から使用人を連れて……とは考えていなかった。
なぜか。
決まっている。自分の言動が家族に筒抜けは嫌だろう?
シーラを連れて行くとおっしゃって頂けたらよろしいかと──。
一瞬、なんの冗談かと思ったが、ぼくの知るシーラは冗談など言わない。
堅物シーラ。
優秀であるが、融通がきかない所があるといった印象。
意図して目立たぬように立ち回っているが、非常に仕事はできる。
それこそ、非情なほどに。
まさに貴族の使用人である。
元はレガート兄さまの専属使用人だったはず。
ぼくが学園に通うために王都に引っ越して来たと同時に別邸で使用人の管理──メイド長になったのだったか。
そういえば、なぜか、ぼくには専属の使用人なんかいなかったよな。
あ、いや、小さなころに駄々をこねて一人だけ専属メイドをもらったのだったか。
話は終わり──といった風にぼくに背を向けるシーラを気づけば呼び止めていた。
「待て、お前を一人を連れて行ったところで、どうにかなるのか」
ぼくの言葉に振り返ったシーラは。
無表情で。
「……おわかりになりませんか」
「話を聞こうか」
迎えの馬車が待っていると別の使用人が呼びに来たが、こっちの方が重要かもしれない。悪いが、馬車も兄さまも待って貰おう。
「まずはルレイアさんの教育」と、シーラは指を一本立てた。
「これはマナーや常識や言葉、読み書きや計算になります」
指をもう一本立てる。
「店内、住居スペースの掃除。衣類の洗濯。それから食事の用意」
三本目の指を立てて。
「貴族でも、平民でも、兵士でも、多種族でも、わたしなら店員として対応できます。もちろん売上の計算や予算組みも」
「へぇ……中々に言うじゃないか」
「わたしなら、一人で可能ですよ。なんなら、ソナタ様のつくったモノの売り込みにも行きましょうか」
「む……営業、か」
「えいぎょう、というのはわかりませんが、できることをおっしゃって頂ければ。買い手を見つけてくればよいのでしょう?これで坊ちゃん──いいえ、ソナタ様は雑務から解放されて時間を使えるのではありませんか」
「今言ったことを本当に一人でできるのか?」
シーラはさも当然だと言うように無表情で答える。
「もちろん。ここにいる他の子はできませんよ。でも、わたしならば」
営業ができるのなら魔導具は受注生産がいいかも。
欲しい分、必要分だけ作れば時間もコストも削れるな。
「加えて売り込みもする、か」
「やれますよ。商売というのはですね。要は、欲しいところにくれてやればよろしいのです」
初めて見るいわゆるドヤ顔のシーラに、ぼくは一瞬、固まった。
やばい。かっこいいわ。
「いいだろう。兄さまに願い出てみる」
ぼくの言葉に今度はシーラが固まっている。わずかに目を見開いて驚いてるようだ。構わずぼくは続ける。
「ただし、リリーズのメイド長は辞めてもらう。ぼく個人に雇われるカタチだな。給金も、もちろん、ぼくが払う。が、今より安くなるかもしれないぞ?」
「構いませんよ。お店が安定したらあげていただきますから」
シーラが初めて優しく笑う。
もしかしたら、笑顔を見たのも初めてみたかもしれない。
兄さまとの話は随分と穏やかに済んだ。
姉さまの領地に関してだが、ひとまずは安心してもいいだろうとのことだ。
この国でも上から数えた方が早いぐらいの実力者がそれなりの数で調査することになっているらしい。
あと他の兄たちの釘はバッチリ刺したと苦笑する兄さま。
釘を刺したのは母らしい。
母の釘は太くて長いからなぁ。なんとなく兄さまと遠い目になった。
オウルへの荷馬車は最短で二、三日後に用意できるとのこと。
護衛をつけることとリリーズ領へは必ず寄ることを約束させられた。
リリーズ領からは別な護衛と荷馬車が一つ増えるらしい。
ルレイアの紹介も、粗相なく「仕方ないか」と許しを得て話が一段落する。
「──アリア姉さまには手紙を書いてくれるか。お前の型破りの師匠の話をしておくといい。あの方はアリア姉さまとは合わない気がするからね」
「手紙は書いてあります。一緒にこれもお送りして欲しいです」
ぼくは完成予定の店の模型を渡す。
通りから、外の庭まで網羅した最早ジオラマ的なものだ。
もちろん、店舗のみ取り外し可。さらに内部まで、動かす、から固定までできる力作である。
「……これは、何だい?」
「姉さまに建てて頂くぼくの店ですね。ペザンテ領からガリア領はさすがに来れないでしょう」
「へぇ、色も塗ってあるのか」
「完成予定なので、実際は差異があるかと思いますけど、理想ってやつです」
ふぅん──目を細める兄さまはどこかすねたように言う。
「──土地を買ったのは、わたしだと思ったけどね」
「……レガート兄さまにはこっちを」
ぼくは念のため持ってきていた塔の模型を渡す。
「これは……砦、かな」
「いえ、最初建てようと思ったぼくの店ですね。兄さまのつけた、あの脳筋野生児の護衛どもに反対されて辞めたのですが……ホントはこっちの方を建てたかったんです。かっこいいでしょう」
「うん?これを建てようとしてたのかい?」
「まぁ、ぼくの理想の一つ。ロマンですかね」
ぼくは笑顔で答えた。
兄さまなら、ぼくの理想を理解してくれるだろう。
「その話は彼らから聞いていないから、詳しく聞いておくよ」
なぜか、目だけ笑ってない兄さまにもう一つお願いをする。
「あ、最後に一つお願いしてもいいですか」
「何かな?」
「オウルに行く際には、シーラを連れて行ってもいいですか?」
ぼくのお願いに兄さまの笑顔が消えた。
「これは、驚いたね。使用人と護衛の用意はいらないと言っていたのに、どうしたんだい」
「いや、現実的な問題がありまして……それで、ルレイアの家庭教師兼ぼくの店の従業員としてシーラを雇用したいのです。リリーズ家のメイド長は退職して、というカタチにしたいんですが、よろしいですか」
「なるほど。雇用、ということはお前が給金を払う、ということだね。うちからの介入は望まないということだね」
「はい」
「はっきりと言うじゃないか」
「信頼があれば、洗いざらいぶちまけた方が上手くいく、って最近教わったので」
兄さまは口元にわずかな笑みを浮かべて答えた。
「わたしとしては構わないが。明日、シーラにはわたしの所へ来るように伝えてくれるかな。本人の口から、本人の意思を聞きたいからね」
こうして。
ぼくには、見た目がエルフで素養なし弟子と、クール系優秀メイドの従業員ができた。
数日後、ぼくたちは護衛と共にリリーズ領へ発った。
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