第10話 育成計画
少し遅めの昼食をとって家へと帰る。
使用人たちは楽しそうにしていたが、ルレイアはぐったりしていた。
「平気か」
「王都は人が多すぎだと思います」
着替えは一人でできるのですよ──と、遠い目をしていた。メイドたちは娯楽が少ないから仕方ないとも思うがかわいそうな気がする。
「そのイヤーカフスの調子はどうだ」
渡したイヤーカフス──エルフの特徴的な耳を人族の耳に視せる幻惑の魔導具──の調子を尋ねた。
朝方に完成して狙い通りの効果は出ているものの不備があれば改善したい。
びくりとはねて手のひらで耳を隠す。
「いや、それはお前にあげたものだ。別に返さなくていいぞ」
「あの……また触られるかと思いました」
「……触らんさ。その魔導具は試作だからな。気になる所があれば気にせずに言うといい」
ぼくの顔は引きつっていたのか、使用人に目で合図を送ると、半笑いでルレイアを連れて行った。
入れ違いにシーラがやって来る。
「メイドに振り回されて疲れているだろう。ゆっくり休ませてやれ、と言いたいところだけど──」
「レガート様はお連れになるようにと」
「やはり貴族というのは面倒だな」
「ご心配なのですよ」
「兄さまは──いや、ぼくの家族は少し過保護じゃないか?」
「それは、”リリーズ”ですから」
なんだそりゃ──ぼくは笑い。
シーラは笑わなかった。
「ふふん。まぁいいよ。兄さまには貴族の礼儀は知らないことと、気に食わなくとも、彼女の前で彼女を放りだすような言葉は言わないように伝えておいてくれ」
「と、言いますと?」
「あの子は居場所がなかったのだ。故郷では。師匠のところも先生のところもダメだったから、ぼくの所に来た。ぼくもそれを望んだ。手放す気はないと伝えといてくれ」
「かしこまりました」
「あとは無礼にならない程度に簡単な貴族のマナーを教えてやってくれ。ぼくも兄さまと喧嘩したくないからな」
そうして、ぼくは書斎へと向かう。
大きな紙を用意して机に広げる。
この世界では、羊皮紙ではなくちゃんと紙が普及している。
質は前世とは比べ物にならないが、それでも紙である。
「ふむ」
弟子育成計画──と書く。
まずは学力を測ろう。
学園の入学試験ではギリギリ点数が足りなかったらしいが、テストのやり方──所謂点数の取り方がわからなかっただけかもしれない。
テストにはやはりコツがあるし、初めてなら失敗もある。
必要なものは、資料──いや、教科書や参考書のようなもののほうがいいか。
授業形式にしてくのがいいかもしれない。
ともかく、まずは知識を。
10才といってたから5年でなんとか助手としてまで育てあげる。
リリーズ領にある本邸のぼくの部屋に本があるはずだ。ぼくが家庭教師に教わり始めたのは6才か7才だったから初心者や入門者にはいいはずだ。
10才から学園で使っていたものも卒業と同時に本邸に送ったはずである。
それをベースに教科書を作ろう。
ん、待て。ぼくが教科書をつくるのか。
いい考えだと思う。
教科書、辞書、図鑑とかいずれ作ってみたくはあるんだよな。
そういうものをつくるというのもいいよな。
一通り育成計画を紙に記すとシーラがお茶を持って来た。
「ありがとう」
「そろそろご準備をされた方がよろしいかと」
「もうそんな時間か。すっかり集中していたようだ」
凝り固まった肩を回すと乾いた骨の鳴る音がした。
「あぁ、そうだ。これをどう思う?」
「見てもよろしいのですか」
ぼくの育成計画は悪くないはずだ。
シーラの目が左右に動く度に眉間にしわが刻まれていく。
「……どうだ?」
「教科書をつくるとありますが、誰が」
「もちろん、ぼくがつくる」
「ソナタ様が凝り性なのは小さい時分からですが、この計画はちょっと……いや、でもソナタ様ならあるいは……」
眉間のしわがどんどん深くなっていく。
ちょっと怖い。
「この際ですから申し上げてもよろしいですか」
「ああ」
──ソナタ様は一人立ちなされて、店をやられるのですね。工房だけ。職人だけ。ではなく全部おやりになる?はっきりと言えば無謀にございます。確か伺った経緯によりますとアマテラス様……アマデウス? アマリリス? まぁ、兄弟子でしたか、が面倒を見ながらの仕事は不可能だと押し付けられたのではないですか?押し付けられてはいない?まあ、同じことです。で、あればソナタ様がお一人でお店をやりながら弟子の育成計画は無謀かと思われます──。
「いや、待て、待て、待て。シーラ、よくわかったから、言うな」
早口でのダメ出しの嵐。
ちょっと泣きそうになったわ。
「──店であるなら店員は必要でしょう。製作時間も必要です。時間というのは有限なのです。店長で作業員で店員で、いつ、ルレイアさんに教育を行うのですか」
ぼくは答えない。
薄々わかっていたが、言いたくないこともある。
言いたくなくても、言わなきゃならないこともあるのだが。
「ぼくはいずれリリーズ籍から抜けるのだが」
「ですが、教育係兼店員ぐらいは家から出してもらうのがよろしいかと」
「んー嫌だなぁ」
「ソナタ様は成人されたのですよ」
「そうなるよなぁ──」
ぼくは天井を見上げて呟いた。
「せっかくの機会ですから、レガート様にお願いすべきです。本来なら護衛も必要なのですから」
真っ直ぐにぼくに意見をするシーラを見て苦笑して言った。
「どういう言い方をすべきだと思う?」
「決まっています。シーラを連れていくとおっしゃって頂ければ良いかと」
シーラは真顔で言い切った。
迎えの馬車をずっと待たせていたことに気づいたのはもう少し後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます