エピソード十二 御孫様による独白

『帰ってから、上司に提出する報告書の作成も行わなければいけませんから。帝国の君主であらせられる皇帝陛下の直轄領の統治を任されている御代官様の下で働く監視者アオフ・ゼーアーは、本当に大変な仕事だと思います』


御孫様が闇夜を遠ざかる松明ファッケルの明かりを見送られながら、監視者アオフ・ゼーアーに対して同情されていられるように話されますと。根元魔法で出現させていられるリヒトを光源とされまして、再度人相書きを眺められますと。


『逃亡した若い男女の農奴は、恋人同士だったのかも知れませんね』


御孫様は表情の変化が少ない御方ですが、人相書きを眺める瑠璃之青アツーア・ブラオの眼差しからは、一切の感情を見て取る事が出来ません。


『周囲に迷惑を掛けて、自分達の命も危険に晒してまで、恋人同士で逃げ出すという感情が私には理解不能です』


御孫様はそう仰せになられますと、仄暗ほのぐらい川底に視線を向けられまして。


『猟犬による追跡から逃れる為に、不案内な土地で夜に川に入るなど自殺行為です。若い男女による恋愛感情とは、そこまで愚かな行動を起こす原動力となるのでしょうか?』


自分は御孫様とは同い年の幼馴染みですが、物心がついた時からの経験により、こうした時の御孫様は返事を求めていられるのでは無く、御自身の考えを纏める為の独白どくはくを行っているだけだと解っています。


『先程まで読んでいた本は、騎士リッター様が恋する令嬢フロイラインの為に決闘を行うという、古典的な騎士道物語なのですが。何回読んでも主人公である騎士リッター様の心理を理解する事が出来ずにいます』


御孫様は僅かな苛立ちを感じさせる口調による独白どくはくを終えて、御自身の考えを纏められますと。御爺様であらせられる地主様から受け継がれた金髪ブロンデス・ハールを左右に揺らしながら首を振り、気持ちを切り替えられますと。


『遅くなっては貴方の家族が心配をしますね。付き合ってくれて感謝をしています』


自分に向けられた言葉を発せられた御孫様に対して、同い年の幼馴染みでもある奴隷身分の農奴として、恭しく深々と御辞儀を行いますと。


『身に余る勿体ない御言葉で御座います。御孫様』


御孫様は身の程をわきまえた自分の反応に対して、微笑みながら頷かれますと。


『貴方という同い年の幼馴染みが居る私は、非常に幸運だと思います』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る