エピソード七 夏の虫

『ブゥウウンッ、バチンッ』


今宵こよいは満月ですので、月明かりの下で少し読書をしようかと考えました』


『はい。御孫様』


食堂エス・ツィンマーの上座にて、独りで夕御飯をられた御孫様でしたが。食後は御屋敷の外に御爺様であらせられる地主様が設置された長椅子に腰掛けられて読書をされていました。


『ブゥウウンッ、バチンッ』


『満月とはいえ月明かりだけでは、読書をするのには支障ししょうたしますので、根元魔法でリヒトを出現させていますが。夏の夜は明かりに惹き付けられた虫が寄って来るのが困りますね』


御屋敷の外に設置されている長椅子に腰掛けられていられる御孫様は、天から根元魔法の素質を授かりし魔法使マーギアーいとしてリヒトを出現させて読書をされていますが。見えない壁のような物を周囲に張り、虫を近付けないようにされているようです?。


『根元魔法の魔法障壁マーギッシェ・バリエーレです。周囲に不可視の障壁を展開しますが、本来でしたら軍場いくさばなどで敵からの弓矢などによる攻撃を防ぐ目的で使用される事が多いのですが。夏場には外で読書をする際の虫除けにも使える、汎用性の高い便利な根元魔法です』


『ブゥウウンッ、バチンッ』


リヒトに惹き付けられた寄って来る夏の虫ですが、御孫様が張られている見えない壁に弾かれても、再びリヒトを目指して同じ行動を繰り返しています。


という有名な慣用句がありますが、人類が火を使い始めてから少なくとも数千年は経過しているのに、それでも虫は人為的に発生させた光源に惹き付けられて近寄って来ます。野外での焚き火に近付き過ぎれば自ら焼かれて死ぬと言うのに、虫は数千年の年月を掛けても何一つ学ばない生き物ですね』


『ブゥウウンッ、バチンッ』


御自身が張られた見えない壁の中から、御孫様は無意味な行動を繰り返す夏場の虫に対して、何の感情も込めていない瑠璃之青アツーア・ブラオの瞳による眼差しを向けていられました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る