第8話 飯屋の二階

「乙女よ、君には銀が似合う。そして宝石は、澄んだ湖のようなあおいアクアマリンがいい。君の眸と同じ色の!」


 カイルの、歯の浮くような口説き文句に、思わず呆然としてしまう。

 わたしとノアールに気付いた妹さんの双眸が、助けを求めていた。ああ、そうだった。一応カイルは、村の『魔物討伐に来た冒険者』である。村長の娘として、辛辣な対応はできないだろうな。


「あんたも冒険者だろう。まずは依頼をきっちり終わらせな。このには、それまでにじっくり考えて貰えばいいじゃないか」


 取り敢えず仕事が終わるまで有耶無耶にしておけば、堅物の裏方役が何とかしてくれるはずだ。


「そうだ、オレは冒険者だ。弱き者に代わり、命を賭けて危険な仕事をしている。だが、男として交わした約束を果たさぬ訳にもいかない。命を賭けた仕事に行く前に、オレはこの乙女に似合う首飾りを贈らねばならない。さあ、乙女よ。今すぐにオレと共に旅立とう!」


 なるほど。先乗り組が「女がカイルを避ける」よう事前工作しなければならない理由がわかった気がする。

 わたしは、カイルの後頭部を殴って気絶させた。



 飯屋の二階。その、一番広い部屋の扉を乱暴に開けて、気絶したカイルを投げ込んだ。部屋の中には、弓使いのルイスと元傭兵のアーレン、そして裏方役の魔法使い2人と全員が揃っていた。

 わたしは気絶しているカイルを含めた5人の前で、仁王立ちする羽目になる。状況を説明しようにも、馬鹿馬鹿し過ぎて上手く説明できない。こんな馬鹿を放し飼い状態にしたことにも腹が立っている。

 程なくカイルも目を覚ます。突然に、飯屋の2階に戻っていることに困惑しているようだった。


「あれ……村長のところの乙女は?」


 カイルのこの台詞で、村長のところの娘を追い回したことを4人は察したようだ。ルイスとアーレンが「お手数をおかけしました」と謝罪する。


「謝罪は、わたしにではなく村長のところへ行ってしておくれ」


 ようやく気持ちの整理がついて、カイルが「村長の娘をモルガルの街へ連れて行こう」と口説いていたことを話せた。

 それを聞いたルイスとアーレンが順番にカイルの頭を殴った。カイルは本気で痛がっていたから、相当強く殴ったのかも知れない。

 これで少しでも馬鹿が治ればいいのにな……と、わたしも思う。

 部屋を出ようとした時、妙な視線に気付く。昨日の会合で進行役をやっていた年配の方の魔法使いだ。ジットリとした視線……口角が上につり上がっているのは、何かを面白がっているのか。

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