第10話 悪夢……贈り物

 重傷だった商人も、息を引き取っていた。彼を襲ったかたきの死に様を見せてやれたなら、せめてもの供養になったかも知れない。


「先に普通の世界に戻っていて下さい。わたしは、ゴミを片付けてから戻ります」


 ノアールの言葉が終わると、雨音と風の音が耳に響いた。わたしの身体は普通の世界に戻ったのだ。

 小屋を見渡すと、3人組の死体だけでなく、寝台に寝かせた商人の死体もなくなっていた。ノアールにとっては商人もゴミの一部だったらしい。


「……」


 気が抜けた瞬間に、また意識が飛ぶ。



 埃にまみれた身体を、泉の水で洗い流した。泉のほとりで濡れた身体を乾かしていると何かが近づいてくる。

 ……魔ではない。

 妾に対する敵意を感じない、小さなモノ。


「この前は、ごめんなさい」


 ああ、妾を「あなた」と呼んだ子供だ。

 ごめんなさい……とは?


「わたしが声を出しちゃったせいで、あなたが追い出されちゃった」


 いや、この子供のせいじゃない。集落の人は、妾を見掛けたら鉄を持って「近寄るな」と言う。いつも。


「……これ、あげる」


 子供は両手に布を持っていた。その布は、とても長くて妾の背丈の倍くらいあった。子供は、妾の腰のくびれ部分から脚を隠すように布を巻く。そして、残る部分を右肩に回して、胸を包むようにもう一周させて布の端を肩口で縛って止めた。


「うん、これでいいよ」


 子供のおかげで、妾の身体は布に包まれた。これで妾は裸ではなくなったのかも知れない。


「ごめんね。今はそれしかあげられないの」


 この子供は、どうして「ごめん」と言うのだろう。謝ることなんて、何もないのに。

 子供は「またね」と言って、走り去って行った。



 ノアールが、ズレた世界から戻った頃、ようやく雨が止んだ。雲の合間から日の光が差し込むのを確認して、わたしとノアールは小屋を後にする。


「連中が持っていた火を操る呪具は、喰らったのかい?」


「ラゲルナ様。妾はこれでも美食家なんですよ」


 ノアールによると、質の良い呪具ではなかったそうだ。炎の威力も、方向も安定しない子供だましのシロモノだそう。


「護符に魔を封じ込める技が未熟なんです。三流くらいの魔法使いが作ったモノでしょう」


 取り敢えず、護符を砕いて魔を解放したと言っていた。

 そう言えば『三頭の火竜サラマンダー』は、ラサンティスの村で魔物の被害が出ていると言っていたっけ。あの木樵小屋も、ラサンティスの村の管理らしいから、小屋を借りた礼と少し壊してしまった謝罪のために、わたし達も行く必要があるな。

 一応、次の目的地が決まった。


Ep 木樵小屋 -終-

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