第9話 貴男の番です

 ノアールの右手を見たゴルザーンの顔色が変わった。必死に炎の呪具を操作して、炎の玉を撃ち出そうとしているようだ。


「な、何なんだよ? ズラした世界って……」


 ゴルザーンが無駄な足掻きをしている間に、ノアールはゴルザーンの眼前に立っていた。右手を高く振り上げ、その鉤爪を振り下ろす。ゴルザーンは必死に身を捩って、脳天への直撃は避けた。鉤爪は、首と左肩の中間辺りに食い込んでグギリと鈍いをさせる。


「あら。思ったより素早い方なんですね」


 激痛に歪むゴルザーンの顔面を、ノアールの鉤爪が掴む。そして左腕でゴルザーンの首元を押さえた。


「……ぐううう」


 鉤爪に鷲掴みにされている顔面が、ゆっくりと引っ張られている。ゴルザーンの首の皮が突っ張りはじめ皮膚が紫色にくすんでいく。おそらく皮膚の下で血管が切れて血が滲んでいるのだろう。


「……ぐおぉぉ……」


 ゴルザーンの唸り声が大きくなったが、それきり口から声が漏れることはなかった。ブチンブチンと皮膚や肉が千切れて、ゴルザーンの首は奇異に長くなる。鮮血が周囲に飛び散り、その赤い色の中に白い骨が見えだした。

 ……ゾロリ

 千切れた首から、繋がった骨がズルズルと引き出されていく。

 ノアールの右手が握るゴルザーンの頭には、首から背骨までがベッタリと血に濡れて繋がっていた。脊髄部分が丸ごと引っこ抜かれたのだ。



 血のしたたる脊髄部分がぶら下がるゴルザーンの頭を鷲掴みにして、ノアールはニッコリと笑った。そして、わたしの左の方へ視線を向ける。


「次は、貴男の番ですね」


 そこには、ジーンの姿があった。海賊の剣ヴァイキングソードの刃は鋭くはない。重さで叩き付けるタイプの剣だ。相当な打撃を受けたが、革鎧のおかげで致命傷にならずに済んだようだ。

 そして意識を取り戻したら、このズレた世界に巻き込まれていたわけだ。可哀想に。

 ジーンは恐怖に脅えて、ガタガタと震えている。何かを言おうとしているが言葉にならない。


「た、助けてくれ。もう二度と悪事は働かない……改心する、本当だ!」


 ようやく絞り出した悔悟の言葉に、ノアールは小首を傾げる。


「貴男が改心するのは勝手ですが、それはわたしには関係ありませんよ。妾は、妾の大切なラゲルナ様を殺そうとした貴男たちを許しません」


 ゴルザーンの頭を投げ捨てて、ノアールはジーンの顔面に手を伸ばす。


「うわああああ」


 絶叫と共に、ジーンは小屋の外へ飛び出した。しかし、その瞬間にジーンの身体は捻れて全身から血を噴き出してバラバラになってしまう。

 ズレた世界と現実の世界の狭間で、潰されたのだ。

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