第6話 瀕死の男
カタン。
片膝をついた衝撃で、わたしの意識が『夢』から戻った。開きっぱなしの扉から入ってくる雨粒が、わたしの顔を濡らす。手で髪に触れてみたが、それ程は濡れていないから、意識が飛んでいたのは極短い数瞬だろう。
男の背中の傷に手を触れてみる。本気で剣を振るったらしく、かなり深い。どうやら、この男が瀕死の怪我をしているのは間違いないらしい。
わたしは、男の身体を抱き上げて寝台へ運んだ。3人組は、わたしが男の身体を軽々と抱き上げたことに少し驚いているようだった。
「へっ! 血を見てビビっちまうくせによ」
聞こえよがしに、そんな言葉が耳に入った。
……血を見てビビる?
ああ。傍からは、そう見えたのか。ノアールの記憶を貰ってから、体調が崩れたり、気持ちが沈んだりすると夢に取り込まれやすくなった。けれど、それで守られている面もある。
わたしの周りにノアールの気配があることで、わたしに纏わり付こうとする魔が近寄れずにいるのだ。
「扉を閉めておくれよ」
意識を失っている男を寝台に運ぶまで、3人組は火の周りから一歩も動かないでいた。その間、小屋の扉は開きっぱなしだ。風や雨粒、雨音が気にならないのかと不思議に感じる。
わたしの声で、ようやく一番下っ端のジーンが立ち上がって扉の方へ向かう始末。扉が閉められると、雨音と雷鳴が小さくなる。するとゴルザーンとザンの二人が、ボソボソと言葉を交わしているのがわかった。
「何か、気になるのかい?」
小声なので、何を話しているかは聞き取れない。しかし、2人の様子から不穏な雰囲気は伝わって来た。
「いや、何でもねえよ」
ゴルザーンが作り笑いで答えるが、その笑顔はあまりに不自然だった。
男の傷は深く、おそらく助からない。盾の乙女だった者として、せめて
寝台の脇に跪いて、寝かせた男の左手を握る。すると、胸元に奇妙な焼け焦げがあるのに気付く。服の右胸部分が焼け焦げて穴が開き、かなり重い火傷になっている。小屋の中には、魚や鳥を焼いた臭いが満ちていたが、男の周囲に漂う人の肉や脂が焼ける臭いは別物だ。
「……ああ……あ」
男の口元が動いて、微かに声が出る。弱々しく男の双眸が開いた。
「……ここは……」
「ここは、森の木樵小屋だよ。何か欲しいものはないかい?」
わたしの声が聞こえたようで、男の顔がわたしの方に向いた。
「うあああああぁ!」
男の絶叫が小屋に響いた。男の視線は、わたしの背後に向いている。必死に右手を伸ばして、震える手である方向を指さしていた。
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