第3話 悪夢……名前

 子供が柵の外へ出ようとしていた。小さな身体は、柵の綻び部分を容易にくぐってしまえる。辺りをキョロキョロと気にしているのは、大人たちに見つからないように警戒しているのだろう。

 柵の囲いを抜け出した子供と、柵の中を窺っていたわたしの視線が合った。


「あなた、誰?」


 周囲には妾しかいない。子供が「あなた」と呼びかけたのは、妾のこと?


「どうして裸なの?」


 ……裸?

 そうだ。この子供も、他の住人たちも布を縫った服を着ている。だって、妾を生んだ時には服を着ていた。

 服で身を包んだら、あの集落の中へ入れて貰えるのかも知れない。

 ……服ってどうなっているのだろう?

 それを確かめたくて、子供が着ている服に右手を伸ばした。


「きゃあぁぁ!」


 子供が悲鳴を上げた。妾の右手を見て、驚いたらしい。そうだ、妾の右手は住人たちの右手とは異なる形をしているのだ。


「どうした!」


 大人の声がして、わらわらと大人が集まりだした。妾の姿を認めると、皆が鋤や鍬を持ち出してきた。鉄が嫌いな妾は近寄れない。


「おまえ、村には近づくなと言っただろう!」


 今度は「おまえ」と呼ばれる。

 妾の名前は「おまえ」なんだろのか? それとも「あなた」?



「よう、何か食い物はねえか?」


 男達の会話が耳に届いて、意識が戻った。

 ……また夢?

 雨粒が小屋を叩くザーザーと言う音が、急に耳に響く。

 三人のうちの一人が、わたしとノアールの荷物に手を掛けようとしていた。


「ああ、悪いね。わたしも食べ物は切らしてるんだ。今夜は食事抜きで我慢するつもりだったのさ」


「ちっ! しけてやがるな」


 わたし達の荷物から手を引っ込めながら舌打ちする。どうにも、この三人はお行儀の良い者たちではなさそうだ。せめて、戦ってもを見定める腕があれば大人しくするのだろうが……それも期待できそうにないな。

 面倒事の予感を抱きつつも、できれば穏便に済めばと思ってしまう。


「おい! 見ろよ、スゲえぞ!」


 小屋の入り口で、一人が歓喜の声を上げる。扉のところに、魚と鳥が数匹置かれていた。


「マスときじじゃねえか。誰が獲ってきたんだ?」


 ノアールだろう。いないところを見ると、更に獲物を獲りに行ったか。

 男たちは、さっそく魚と鳥を小屋に取り込んで火を熾した。火打ち石ではなく、護符の描かれた道具でだ。火を操る呪具か?


「わたしの相棒が獲ってきたのだけどね」


「そうかい。じゃあ、後で礼をしなきゃいけねえな」


 ノアールの脱いだ緑のドレスに、リーダー格の男の視線が向いた。女物のドレス……男たちの顔に下卑た笑みが浮かんだ。

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