第17話 緑の服

 魔牛ミノタウロスと対峙しているノアール。

 緑のドレスから露出する右腕と左脚。右肩から伸びた白い腕の先には猛禽類のような鉤爪がある。左脚からは蛇の頭を持つ4本の触手が、鎌首をもたげて正面の敵対する存在を威嚇する。



 元々は緑色に染めた生地で作ったドレスだったが、右袖を肩口から切り落とした。右肩には右腕をすっぽりと隠せる大きめのマントを肩口に紐で止めた。

 スカートも真ん中から左右に切り離して、右脚を包む部分と左脚を包む部分に別けたのだ。左脚を覆う部分は、腰のくびれ部分に、やはり紐で止めた。

 こうやって、紐をほどけば右腕と左脚を露出できる。



 右手の鉤爪と左脚の蛇の触手を伸ばせれば、ノアールは無敵だろう。世界をズラす能力も、空間を歪める能力も確かに強力ではある。しかし、それはあくまでも相手の動きを封じる術だ。

 鉤爪は魔を引き裂き、蛇の頭は魔を噛み砕いて吸収してしまう。魔を直接攻撃して破壊するのは、鉤爪と蛇の頭の触手だ。



 ノアールは魔牛ミノタウロスと距離を取って、左脚の蛇の触手を伸ばして攻撃していた。どうやら、魔牛ミノタウロスには知恵が備わっているようだ。ノアールが接近戦を嫌うと判断して、一気に距離を詰めてノアールの左肩に掴みかかる。

 魔牛ミノタウロスの爪が、緑の服の肩口を破った。


「……あ」


 思わず、わたしが声を出してしまった。

 ……これは、終わったな。

 鉤爪の右手が右肩の破れ目の上に置かれる。ノアールの顔に悲しみの色が浮かび、次の瞬間には憤怒を帯びた双眸が、魔牛ミノタウロスを見据えた。鉤爪が、魔牛ミノタウロスの喉元を鷲掴みにしたのは、目に止まらない速さだった。

 グルル

 グルル

 魔牛ミノタウロスは咆哮すら上げられずに、唸るしかできない。身動きのできなくなった魔牛ミノタウロスの身体が、触手の蛇の頭に食い荒らされていく。

 まるで使い古した雑巾のように、ボロボロになった魔牛ミノタウロスは、依代の牛の死骸を残して黒い砂になり消えてしまった。


「服が、破れてしまいましたぁぁ」


 振り返るなり、泣き出しそうな声を上げるノアール。ノアールが距離を取っていたのは、お気に入りの服を傷つけたくなかったからだ。


「大丈夫だよ。それくらいなら、わたしが縫ってあげるよ」


「本当ですか? 直してくれますか?」


「ああ、任せておくれよ」


 一応、革鎧や布鎧の補修ならお手のもので、裁縫の技も身に付けている。このくらいなら、ちょっと見でわからないくらいに直せる。



 何とかノアールをなだめて、魔樹の幹に近づいていく。紫色の蔓が、触手のように襲ってくるが、ノアールの蛇がことごとく噛み砕いてしまう。


「あれは?」


 魔樹の幹の根元に、黒ずんだ人骨があった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る