第16話 魔牛

「こんなヘンテコな世界を再構築するのは難し過ぎます。ここでは、世界をズラして結界に引き込むような戦い方はできそうにありません」


 ノアールお得意の「世界をズラす」能力が封じられたか。一つとは言え、ノアールの力を封じるとは、森の魔物の力も相当だな。


「あれ……ですね」


 ノアールが左腕を伸ばして指さす先には、巨木があった。紫色の幹と伸びた枝にドス黒い葉が茂っている。


「この木は、相当な樹齢を重ねてます。わたしと同い年くらいかも知れません。霊木になり損なったようです」


「霊木になり損なった?」


「本当は霊木として、この森の守り手になるべきモノだったのでしょう。それが、呪いで集まった魔に侵食されて魔樹になってしまったようです。数百年蓄積した魔力がわざわいのために使われています」


 この近くに、呪いを撒き散らすようなナニかがあると言うことか?

 しかし、わたしとしては別のことが気に掛かってしまった。確かノアールは「同い年くらい」の樹齢と先ほど言っていなかったか?


「この木と同い年くらいってことは、ノアールも数百年の齢を重ねてるんだね」


「女性の年齢を追求するのは野暮ですよ」


 一応、女性として自分を認識しているのか。それなら、これから「女性は○○するものだよ」と言い聞かせるようにしよう。

 しかし、どこでを覚えたのかは謎だ。



 周囲に立ちこめていた瘴気が濃くなる。それは白い靄となって目に見えるようになる。靄が、二本の足で立ち、二本の腕を持つ人型の何かに収束してゆく。

 レイバー達の前に現れた魔狼ワーウルフより更に二回り大きい身体に、牛の頭と二本の角。


「やっぱり、魔牛ミノタウロスですか」


 自警団が目撃した魔物……街道を行く者や森に這い込んだ人々を襲っていたのも、この魔牛ミノタウロスか。それで、人々の心に恐怖を撒き散して、より多くの魔を取り込んでいたのだろう。


「おそらく……魔狼ワーウルフ魔牛ミノタウロスは、魔樹がしもべとして実態化させているのでしょうね。草木を依代にしてしまったから、自分は動けませんので」


「じゃあ。この魔牛ミノタウロスを退かせば、なり損ない霊木を喰えるんだろう。さっさとやっちゃいな」


「はい。やっちゃいます」


 ノアールは右半身を覆うマントを肩口で止めている紐の一端を口で噛んだ。そして、左手が紐のもう一端を握って引っ張る。マントを止める紐がほどけて、マントが肩口から外れて地面に落ちた。

 ノアールの鉤爪のある右腕が露わになる。

 それから左手で腰のくびれ部の紐もほどくと、スカートの左半分だけが外れて左脚が露わになる。

 左脚に巻き付いていた蛇の頭が鎌首をもたげて、魔牛ミノタウロスを睨む。


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