第2話 神々の残滓

 魔法使いの傷は深くはない。剣使いは、ノアールに対してもするつもりだったからだろう。


「てめェ、よくも!」


 どうやら剣使いは、自分が斬り付けてしまったことに気付いていない。今度は、本気の斬撃がノアールの腹部を突く。

 バキン

 剣使いのロングソードが中程で折れた。拗られた空間は、3人の背後の大岩に繋がっていたようだ。折れた剣先は、彼らの後ろに転がるように落ちた。

 剣使いの顔が苦痛に歪んだのは、岩に剣を叩き付けた手の痺れだけではなさそう。


「これなら、どう?」


 弓使いの声だ。奇妙な弓で、弦がない。弓使いは、矢もつがえずにノアールに向ける。

 白い光がノアールに向かって放たれた。

呪具じゅぐ……魔弓か!)

 しかし。光の矢は、ノアールに届く直前に消え、弓使いの左肩を後ろから貫く。


「……ぁあ!」


 声にならない悲鳴を漏らして倒れた。


「サリア!」


 弓使いの名前だろう。剣使いが絶叫した。

 魔法使いは、独りで立ち上がり、剣使いが弓使いを抱き抱えた。剣使いは、わたしとノアールの方をチラリと見たが無言で駆け出した。

 わたしとノアールに、3人を追いかける理由はない。走り去る3人を見送った。



 3人が去った後、どうやら空間を戻したらしいノアールが歩き出す。


「失礼な方たちですね」


 新調したばかりの緑色の服は、右半身をマントで覆っている。マントの中から、普段は隠している猛禽類に似た鉤爪のある右手が伸びる。そして、地面に落ちていた魔弓を拾い上げた。


「ふーん」


 先ほどの小競り合いで弓使いが落としたものだ、剣使いも、弓使い本人を抱き抱えるのに手一杯だったに違いない。


「霊木……と言って良いのでしょうね。樹齢千年を超える杉の芯を加工して作られてます」


「へえ、凄そうだね」


 光の矢を放つ弓なんて神話の中でしか聞かない。実物を見たのは、わたしは初めてだ。


「呪いで魔を集めるのではなく、霊木が長い時をかけて貯めておいた魔を撃ち出すものです」


 ノアールの口が耳元まで裂けた。真っ赤な口の中には鋭い牙が並んでいる。そして、ガリガリと魔弓を噛み砕く。


「え?」


 齧り取られ、砕けた魔弓からは黒い砂がこぼれ落ちる。魔弓は、ノアールの口の中に消えて、それ以外の部分も黒い砂になって消えた。


「大丈夫? そんなモノ食べちゃって?」


「魔を喰らうだけです。呪いで集まった魔も、霊木が貯めた魔も一緒ですから」


 ノアールによると「魔」とは、太古の神々の残滓であって「魔の力」も「神の力」も同じものだと言う。人に取って都合が良いものを、勝手に神の力と呼んでいるだけ……らしい。

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