第7話
「……ゲイル様、アレク……ありがとう……」
俺は二人が一緒にいる理由を聞いて思わず感動してしまった。
信じられないことに二人は、俺の学園内に流れている噂を払拭するために一緒にパーティーに出席してくれるようだった。
悪役令息の俺のことを心配してくれるなんて……!!
「いえ、元はと言えば……私のせいですから……あと……私のことも弟のようにソフィアと名前でお呼び下さい」
ソフィアは眉を下げながら言った。
俺は女性は苦手だが……やはりソフィアは可愛いと思った。
俺はソフィアに「では、ソフィア様とお呼びいたします。今回の件はソフィア様のせいではないですよ」とフォローした後に、ずっと無言で俺を見ていたアレクに視線を向けた。
「アレクにも感謝している」
俺がアレクに声をかけるとアレクは、はっとしたように顔を俺に向けるとなぜか頬を赤くしながら「いや……気にしないでくれ」と言った。
アレクの様子がおかしいが、何かあったのだろうか?
「もっとこっちへ」
気が付くと俺は肩を抱き寄せられ、ガラードにもたれかかるような体勢になっていた。そして、俺はガラードのマントに隠されるようにされた。
「どうされたのですか?」
俺がガラードを見上げると、「冷えていましたから」と言って微笑んだ。
夜になれば気温が下がるのは当たり前だ。
別に寒くはないが……。
『寒くないので離れてもいい』と伝えようとしたが、ガラードの腕の力が強くて動けない。
あ……もしかして寒いのはガラードで、俺で暖を取りたいとか?
それならば俺は空気を読んでガラードの防寒具になろう。俺は寒くはないが、暑くもないのでくっついていてもどちらでも構わない。そう思って俺は静かにしていた。
しばらくすると頭上から「失敗した……私だけが見る時に着せればよかった」という声が聞こえた。
一体なんの話だろうかと考えているうちに馬車は目的地へと到着したのだった。
◇
「どうして、あのエドワード様が、ソフィア様とアレク様と一緒にいらっしゃるの?」
「本当に……ガーランド様だけではなく、アレク様もご一緒だわ」
「なぜソフィア様に、エドワード様を近付けようなことをされているのでしょう?」
「エドワード様が偶然を装って現れたのではなくて?」
「きっと、そうだわ!!」
新入生歓迎パーティーの会場に着くと、やはり俺たち4人は注目の的だった。
友達同士数人で会場に入ることも珍しいことではないので、おかしなことではないが、今回はおれの噂のためか注目度が高い。
会場に入ろうとしているとソフィアがふと足を止めた。
「あら? エドワード様、タイが曲がっていますわ。もう、先ほどガラードがマントであなたを隠すなんて子どものようなことをしたからですわね」
そう言って、ソフィアが近付いてタイに手を触れた。彼女と俺の身長差はほとんどないからタイの乱れに気付いたのだろう。
だが今日は、高い靴を履いているせいか、彼女の方が視線が高い。
「ありがとうございます」
「いいえ」
顔が近いので、早く直して離れて欲しいと思いながら待っていると、ソフィアがにっこりと微笑んだ。
「はい、これで大丈夫ですわ」
そう言って、ソフィアが、一歩後ろに下がろうとした時だった。
「あ」
「危ない!!」
俺は倒れそうになるソフィアが、頭を打たないように必死にソフィアを抱き込んだ。
「エドワード!!」
「大丈夫か!?」
俺の肩の両側から、アレクとガラードが支えてくれたので床に倒れずに済んだ。
「助かりました」
俺は二人にお礼を言うと、ソフィアの肩に置いていた手を離して言った。
「ソフィア様、咄嗟に抱きしめてしまい申し訳ございませんでした」
その瞬間。
「こんな公衆の面前でゲイル様を襲うなんて!!」
「ガラード様とアレク様のいらっしゃる前で!! なんて恥知らずな!!」
「もしかしてガラード様と意図的に離れたところ、見つかってしまって暴挙に出たのでは?」
「それではガラード様も、ご令嬢からのお誘いを断って、エドワード様に付きっ切りになるのは当然ですわね!!」
おう……人の想像力ってすげぇな……そうなるのか……。
……俺、今度は公衆の面前でソフィアを襲ったことになっちゃったよ。
いや~公衆の面前で襲ったら……それはかなりの悪いヤツだよね……。
ソフィアとアレクの気遣いは、完全に裏目に出てしまった。
ガラードは、ソフィアをじっと睨みつけると、「姉上はエドワードに近付くな。そして何もするな」というと俺の腰を抱き寄せると、会場とは反対方向のドアに向かった。
後ろからは「あ、とうとうエドワード様は連行させてしまいましわ」「これでソフィア様も安心ですわね」「ですが、ガラード様はお早く会場に戻られてほしいわ……」と噂はさらに大きくなっているようだった。
俺はどこか他人事のように感じながら、ガラードに付いて行ったのだった。
◇
ガラードに連れて来られた場所は、美しく手入れされた庭園だった。
庭園に出てもガラードは歩みを止めずに進んで行く。
薄暗い庭園を歩いているうちに不安になっていく俺の目の前に、不自然なほど煌々を灯りに照らされている場所があった。
「わぁ……凄い……」
庭には美しい花々が咲き乱れ、さらにはランプがたくさん置かれて、ライトアップしてあった。
ふとガラードを見ると、すぐに目が合った。そして嬉しそうに微笑みながら言った。
「やはり喜んでくれたようだな」
「もしかして……ここガラード殿が?」
普通の学園のパーティーではこの庭園には入れなかったように思う。
ここは高位貴族が夜会を開いたり、外国からのお客様を迎える時だけに解放される庭だったはずだ。
こんな場所に入れるように根回しできるのは……王家や、公爵家、侯爵家いわゆる高位貴族の方々くらいだ。
そして今、この学園には王家の方や公爵家の方々は通っていない。
一番位が上のは、ゲイル侯爵家のガラードとソフィア。そして、キューライル侯爵家のフランの三人だけだが、ガラードが迷わず連れて来たとうことは、ガラードが手を回した可能性が高い。
「ああ……ソフィアと私のせいで、迷惑をかけてしまったからな……そのお詫びがしたかったのだが……」
ガラードが切なそうに言った。
貴族の世界では声を大きくして『そんな噂は嘘だ』とか『くちさがないことを言うな』と言うことはしない。
もしも噂を消したいと思うのならば、さらに別の噂を流したり、皆に真実を知らしめるようなことを実際にして納得させるしかない。
貴族にとって反論とは全く意味を成さないものなのだ。
「情けないな……幼い頃から貴族として学んできたつもりだったが、学園に入り実際に貴族社会がどういうものかを肌で感じると思い知る。私はまだまだだ……恩人を助けることもできないどころか、迷惑をかけてしまうなんて」
ガラードがつらそうに言った。
そもそもこの学園に入学する理由は、貴族社会の縮図であるこの学園で、貴族とはどういうものかを学ぶためだ。それぞれの爵位でどう立ち回るのがいいのかを学園内で学び、今後、狐や狸の化かし合う社交界という魔窟に挑むのだ。
「本当に……情けないな……」
俺は次々に飛び出すガラードの自分を傷つける言葉をこれ以上聞いていられなくて、彼の口を「失礼します」と言って手を覆った。
そして、できるだけガラードが安心するように穏やかな口調で言った。
「貴族社会のことはまだ俺たちにはわからない……だから、ここで学んでいるんですよ。俺も、ガラード殿も……」
そう言うと、ガラードの瞳が大きく開いたのだった。
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