第6話
ここはゲイル侯爵家。
ソフィアはレンディ伯爵家から自宅であるゲイル侯爵家に戻るとすぐに弟のガラードの執務室に向かった。
「ガラード、入るわよ」
部屋に入ると、ガラードが執務机に座っていた。
相変わらず、執務机以外何もない。本棚も書類棚も『必要な分が書庫にあればいい』と自分の部屋にはその時に必要な物しか置いていない。
また侯爵家の嫡男というと大抵は秘書がいるのが、ガラードは人嫌いで秘書を持とうとはしないばかりか、執務室内に執事や侍女も極力入れようとはせず、自分1人で全てをこなしていた。
当然、来客用の応接セットもない。
来客は応接室やサロンで対応するので、問題ないそうだ。
そのため、ソフィアは座るところがなく立っているしかなかった。
そんな静か過ぎる無機質な室内には、きっと普通の人間が見たらいつもと変らないように見えるかもしれないが、双子の姉のソフィアから見れば、気持ち悪いほど機嫌のよさそうなガラードが座っていた。
「姉上が私の部屋に来るなど珍しいですね……」
ソフィアはガラードに近付くと怖い顔で言った。
「ガラード。学園内で、エドワード様の酷い噂が流れているのは知っている?」
「エドワードの酷い噂?」
ガラードは瞬時に、眉間にシワを寄せてまるで射貫くようにソフィアを見た。
「その顔、知らなかったのね。あなたが気が付かないなんて、よほどエドワード様のことで頭が一杯だったのね。今回の件、表面上は私のせいではあるのだけど……あなたがみんなの前でエドワード様を誘ったのが直接の原因よ」
ガラードはソフィアを睨みつけながら言った。
「それで、どんな噂が?」
その後、ソフィアはエドワードの噂をガラードに聞かせた。
「くっ!! なぜ疲れている者に水を差し出したり、庭の花を優しげに愛でているような慈愛に満ち溢れたエドワードがそのような酷い男のレッテルを!!」
ガラードの手に握られていた羽ペンがバキッと音を立てて真っ二つに折れた。
「だからエドワード様の名誉のためにも、ここは私とあなた、アレク様とエドワード様がご一緒した方が……」
ソフィアの言葉を聞いたガラードがガリッ奥歯を噛み締めながら言った。
「エドワードが……クライス殿と!? それは……容認できないな……」
ソフィアがガラードの執務机に両手を置きながら言った。
「どうして!? では、私とエドワード様。あなたとアレク様が……」
ガラードはソフィアを睨みながら言った。
「エドワードがあなたと? それはもっと容認できない!! あなたは、あの清らかなエドワードの足を踏んだり、華奢な腕の強引に引っ張り衆人環視の中、エドワードの身体を再び固く冷たい床に倒れ込ませるかもしれないだろう? 絶対にダメだ。むしろ姉上は金輪際エドワードに近付くな!!」
「ではどうするのよ!? エドワード様の名誉回復のためにどちらかを選ぶ必要があるわ!!」
ソフィアの言葉に、ガラードが深いため息をつきながら言った。
「ではこうしよう……」
◇
今日は新入生歓迎パーティーの日だ。
鏡の中には、ガラードに贈られた服を来た自分の姿が映っていた。
凄い……映える。これが、俺!?
ガラードの見立ては完璧で、俺はいつもより冗談ではなく5割増しのイケメンになっていた。なぜか無いはずの色気まであるように見えて、本当にファッションというのは、とてつもない可能性を秘めているんだな~と感心していた。
前世で姉や妹が服や化粧品に資金を注ぎ込んでいた理由がよくわかった。
なるほど……自分をよく見せるというのは、もはや投資だな……
俺が真剣に変わり果てた自分の姿に見とれていると、兄が部屋を訪ねて来た。
「エド、入るよ……わぁ~~よく似合うね。とても素敵だよ、なんだろう……今日のエドを見ていると、なんだかドキドキするなぁ~~~」
「あ、ありがとう。兄上」
俺が兄を部屋に迎え入れると、兄は俺を褒めたたえた。
そして俺を見て兄が困ったように言った。
「どうやら……エドは、かなりのイバラの道を選んだようだね?」
「え?」
俺は兄の言っている意味がわからずに思わず声を上げた。
兄は私の肩に手を置くと、とてもあたたかい眼差しを向けながら言った。
「んん~~……クライス伯爵家のアレク殿と、ソフィア嬢の弟のガラード殿まで目を光らせているのか……それでも好きというのなら、私は応援するからね!!」
「???」
俺はますます首を傾けた。
侯爵家のガラ―ドの名前が出るのはわかる。彼は今日の俺のパートナーだ。
だが……。
なぜ、アレクの名前が出たのだろうか?
俺が考えていると、やたらカラ元気の兄は困ったように俺を見ながら言った。
「ゲイル様が、新入生歓迎パーティーの迎えに来てくれているよ」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
俺は兄と一緒にガラードが待つエントランスに向かい、言葉を失った。
「え……と?」
エントランスにはガラードだけではなく、ソフィアとアレクも一緒に立っていた。
そして俺の姿を見ると、すぐにガラードが近付いて来た。
「ああ、本当によく似合っている。君の姿は私の想像を遥に飛び越えてしまったよ。とても可愛いよ、エドワード」
え……と……可愛い??
ん~~一応、俺、君より年上の男なんだけどなぁ~~~!?
「このように高価な服を頂き、誠にありがとうございます、ガラード殿」
俺は気になる発言は一旦置いて、御礼を伝えることにした。
「いいんだ。これはお詫びの品でもあるのだ。それに……私が選んだ服を……エドワードが着てるというのは……それだけで……ゴクリ」
今、目が光ったよね?
何? 怖い、なぜだろう、本能が身の危険を感じ『逃げて』と言っている気がするのだが!?
「ガラード。そろそろ時間よ」
怯えていると、ソフィアが呆れたように声をかけてくれたおかげで、ようやくおかしな空気が霧散した。ガラードはソフィアに「そうだな」と短く返事をすると俺の手をとって腰を抱き寄せた。
「さぁ、行こう。エドワード」
「は、はい」
そして俺の耳元に唇を近付けながら言った。
「今日は二人でなくてすまない。理由は馬車の中で話してもいいかな?」
だよな、ヒロインとヒーローがこの場にいるのかなり違和感だったんだよ。馬車で理由を説明してくれるのか……
「はい、お願いいたします」
俺は大きく頷いた後に返事をしたのだった。
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