第4話
俺が新入生歓迎パーティーの誘いを受けると、ガラードが相変わらず俺の腰を抱いたまま嬉しそうに俺の顔を覗き込んできた。
たぶん俺から離れた方が話し易いと思うが、離れることを提案する前にガラードが口を開いた。
「では姉の非礼も詫びたいので、衣装などは全て私が用意しよう」
「え?」
「もちろん小物なども全て私が用意するし、当日の馬車の手配も私がするし、それに送り迎えももちろん私が……」
「いえ、俺にそこまでしなくても……」
「遠慮するな、放課後一緒に出掛けて衣装を見に行こう」
話がどんどん進んで行くので俺が困惑していると、アレクが震えるような声で言った。
「もしかして、私は……ゲイル殿のパートナーを……奪ってしまったのでしょうか……?」
え?
アレクの言葉に俺だけではなく、ガラードやソフィアも固まった。
もし伯爵家のアレクが侯爵家のガラードの相手を奪ったとしたら、かなりの大問題だ。
だが、そもそも姉にパートナーが出来たことを『奪う』と表現してもいいのだろうか?
姉と出席できなくなったと憤慨するようなシスコンなら、すでに昨日の時点でソフィアに誘いを断るように言っているのではないだろうか?
この場合、ソフィアが俺にぶつかって迷惑をかけたと思っているガラードが、気を遣ったと考えるのが自然だ。
「今回、私はソフィア嬢のエスコートを辞退し、すでに約束をされているゲイル殿の代わりに、エドワードと共に出席いたしましょうか?」
は?
俺は思わず、アレクを見た。
本当に、何言ってんの、この人?
ヒロインのエスコート辞退して、悪役令息とパーティーに出席するとか、ヒーローの名折れだよ!? そんな物語終わってるだろ!?
俺が、そうじゃないだろ、と方向修正をしようとしているとガラードが口を開いた。
「ああ、今のは言い方が悪かったな。クライス殿、私は姉の恋路を邪魔するような無粋者ではないつもりだ。私のことは気にせずに、姉とパーティーに出席したまえ」
ガラードは口元は笑顔を作っているが、全く笑っていない目で威圧するように言った。
まぁ、ガラードからしたらシスコンだと言われたも同義だ。不機嫌になるのも仕方ない。
もし俺が、自分の姉が好きだと勘違いされたら……絶望的な気持ちになり、息をするのも困難になってしまうかもしれない。
ソフィア嬢は可愛いので、この程度で済んだのだろう。
「私はエドワードとパーティーに出席します。いいですね? 姉上はその者にエスコートしてもらって下さいね。それでは失礼します」
ガラードは、そう言うと俺の手を取ってずんずんと歩き出したので俺も急ぎ足でその場を離れたのだった。
◇
そしてその日の放課後、俺は噂の怖さを知った。
俺は授業が終わり教室を出ると、やたら視線を感じるので何かと思い咄嗟にエントランスの柱に隠れると、エントランスの至るところで俺の噂話で持ち切りだった。
『ご存知ですか? レンディ伯爵家のエドワード様。わざとゲイル侯爵家のソフィア様にぶつかって気を引こうとされたのですって』
『まぁ、エドワード様……無口な方だと思ってはいましたが……そのようなことをされる方だったのですね。失望しました』
『ええ。なんでもガラード様はエドワード様が再びソフィア様に酷いことをされないかを監視するために、今度の新入生歓迎パーティーのパートナーになられたそうですわ。数人の令嬢が断られたという話ですわ』
『そ、そんな!! ガラード様ったら、お優しいけれど……監視のためにエドワード様とパーティーに出席されるなんて!!』
『ええ、本当に嘆かわしいわ!! エドワード様のせいで……!!』
不可解なことに俺は何か悪いことをしなくとも、自然と悪役令息としての地位を確立していた。
ええ? 俺、すでに悪いヤツになってるじゃん。すげぇ……。
俺はガラードとの待ち合わせをしている馬車乗り場に行く途中のエントランスの柱の影に隠れて、ご令嬢たちの噂話を耳にして心底驚いていた。
噂話は留まるところを知らない。この分では明日には社交界にも広がってしまいそうな勢いだ。
どうやら、ガラードが絡んだことで俺の悪役令息としての噂は数倍の早さで広がっているようだ。
はぁ~~どうしようかな~~馬車乗り場に行くためにはエントランスを通るしかないんだよな~~。
さすがに噂をしている令嬢たちの真ん前を堂々と歩く勇気がなくて柱の影でどうやってガラードとの待ち合わせ場所に行こうかと考えていた時だった。
これまで噂話をしていた令嬢たちは噂話をやめて、ある一点を見つめていた。
なんだ?
俺も令嬢たちの視線の先を追うと、ガラードとソフィアが楽しそうに談笑しながら歩いていた。
美男美女でとんでもなく絵になる。
俺はこの機会に、柱の裏から元居た廊下に戻り、まるで虎の威を借りる狐のようにガラードたちがまだ歩いているエントランスの中央に堂々と足を踏み入れた。
皆の矢のような視線が突き刺さるが、噂話をしている人がいないのは救いだ。
こうして俺はゲイル侯爵家の二人とほどよい距離感を保ちながら、ガラードとの待ち合わせ場所に向かったのだった。
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