第35話 少しだけ前に進めたでしょうか?


 夢乃ゆめの鷹田たかだの謝罪を目の前で受けて、目をぱちぱちと瞬いた。


 ——あの鷹田のさんが、私に謝ってる!?


 目を伏せて頭を下げて、謝る鷹田の姿に夢乃は驚くと同時に、心の中のかたくなだった何かがすうっと溶けていくのを感じた。


 わだかまりが全て消え去ったわけではない。けれどいくらかは鷹田の話を聞こうと思える気持ちにはなって来たのだ。


 あの時——恋人ではない鷹田の部屋で二人で料理して、片付けをして、それからコーヒーを淹れてゆっくりと流れたあの時間。


 急にあの穏やかな時間の記憶がよみがえる。


 穏やかで、それなのに甘い時間。


 また、あの時間に浸ってもいい。


 夢乃は口を開いた。


「鷹田さん」


 夢乃の呼びかけにぱっと顔を上げる鷹田。緊張と期待の入り混じった顔を見て、夢乃は「相変わらず男前だなぁ」なんて思ってしまう。


「ゆっくりでもいいですか?」


「ゆっくり?」


「私まだ鷹田さんのことすぐには受け入れられない」


「う……」


「でも、嫌いでもない。だからゆっくり元に戻れたらいいかな、と……」


「夢乃……」


 ぱあっと鷹田の顔が明るくなる。


 しかしその鷹田の前に、夢乃は指輪の入った箱を差し出した。


「だからこれはお返しします」


「夢乃これは——」


「ダメですよ。そんな顔したって受け取りません」


「そんな顔ってなんだ?」


 鷹田は今更ながら自分の顔がどうなっているのか心配になる。ご飯つぶでも付いていただろうか?


「それは……その、良い顔で困った顔しても、同情したりしませんって意味です」


「良い顔——?」


「自覚ないんですか?」


「無い」


「ふふ、嘘ばっかり」


 真面目に答える鷹田に、夢乃が思わず笑ってしまう。その花がほころぶような笑顔に、鷹田の心臓が跳ね上がる。


 ——か、かわいい!


 鷹田は指輪を突き返して来る夢乃の手を握りしめて引き寄せた。






 つづく

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