第20話 ついにプライドを捨て始めたオレ様彼氏です


 目の前にオーガニック系のオシャレなランチプレートが置かれても、セットの香り高いコーヒーが置かれても、二人の間にただよう気まずさは消えなかった。


 普段ならそれなりに話し上手な鷹田たかだなのだが、夢乃ゆめのを前にしてかなり緊張していた。


 なので会話が出てこない。


 当たり障りのない天気の話すら出てこない。


 ——まいった。何を話せばいい?


 話す前に頭の中でシュミレートするのに、その会話のきっかけがつかめない。


 もしも友人の黒井くろいが見ていたら、迷わず「謝りなよ」と言うところであるが、夢乃の前で体裁を気にする鷹田は謝罪の言葉も浮かばない。


 一方の夢乃もあまりの気まずさに沈黙を重ねるだけだ。上の空でお豆腐のハンバーグをつついているうちにプレートは空になってしまった。


 会話の無さを誤魔化すために口をつけるコーヒーカップもあっという間に空になる。


 ——と、いうことは食べ終わったんだからもう帰ってもいいわよね。


 そうだ、さっさと社に戻ればいいのだ。


 夢乃はさりげなくバッグに手を伸ばす。その瞬間、鷹田から意外な言葉がかけられた。


「今日、うちに来るだろ?」


「は?」


 驚きすぎて心からの「は?」が出てしまった。


「行きませんよ」


 なんで金曜日の夜に彼氏でもない男の家に行かなきゃならないのか。


「夢乃」


 鷹田の目が動揺している。


 ——むう、かわいい。


 うっかり夢乃はそう思ってしまった。


 いつも余裕にあふれていた鷹田のこういう意外な一面に心が動く。


「なんで私が鷹田さんの家に行かなくちゃならないんですか?」


 強いて言えば元カレ元カノの関係。


 別れて間もない二人が彼の家に行く理由は?


 ——私には特に無い。


 ばちっと視線がぶつかる。久しぶりに正面から彼の目を見た気がした。


 ポップスターが流れるくらいの短い時間見つめ合うと、鷹田は口を開いた。


「——リハビリだ。夢乃の作った料理以外も食べられるようになったら、それで終わりにする」


「リハビリって……今もランチを食べたじゃないですか」


「……」


 それは夢乃が一緒だからだと言いたいが言えない鷹田。矛盾した願い事に思わず首を傾げる夢乃。


 その夢乃の仕草に再びハートを射抜かれた鷹田は決死の覚悟で立ち上がる。今を逃したらまた夢乃は離れてしまう。


 テーブルの上の伝票をつかむとさっさとレジに向かう。


「自分の分は払いますから」と言う夢乃を制して二人分払うと店の外に出る。


「鷹田さん!」


「……今日だけでいい」


「え?」


「食事を作るだけでいい」


「あの」


「何もしないから」


 結局、昼休み中かけてプライドを捨てた鷹田に懇願され、とうとう夢乃は折れた。


「今日だけですよ」


 夢乃がそう答えた時、鷹田が安心したように微笑んだ気がした。





 つづく

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