第15話 なんだか毎日元カレのお世話してる気がしてきました



鷹田たかだちゃん、ほらコレ食べなよ」


 同僚の黒井くろいがコンビニで買ったコロッケパンを差し出して来る。ところが鷹田は首をふってそれを拒んだ。


「食べないと持たないでしょ。そんなに痩せちゃってさー」


「うるさい。俺は夢乃ゆめのの作った物が食べたいんだ」


「そう言ってもさぁ、断られちゃったんでしょ?」


「……断られて無い」


 店で買えば、と言われただけだ。


 黒井はそれを聞いて深いため息をついた。


 ——頼むよ夢乃チャン。鷹田を許してやってよ——。


 あきれる黒井をよそに、鷹田は「明日こそは夢乃の手料理を」と意気込んでいた。





 火曜日。


 なんとなく。


 本当になんとなく夢乃はその日のお弁当にプラスしておにぎりを二個つくった。


 決して鷹田のことを考えてつくったわけではない。


 そう自分に言い訳しながら、いつもより大きくなったお弁当ポーチをトートバッグに押し込む。


 電車に揺られながら、夢乃は物思いにふける。


 さて、この感情はなんだろう。


 鷹田のことが気にかかる——ってことはまだ好きなのか、いやいや、それはない。


 あの時の急激に身体が冷えるような感覚は忘れられない。


 ——結局、ちょっと毛色の変わった——地味な子と遊んでみたかったってだけよね。釣り合わないって、わかってたけど。


 だから週末も結局のところ都合よく使われただけなんじゃないだろうか?


 家事をしてくれる女子が必要で、全部演技だったんじゃないかと夢乃は思う。


 それでも鷹田の様子を思い返せば、やつれてたし、病院の薬もあったしと本当かもしれないとまた考えてしまう。


「ああ、めんどくさい」




 ——そして問題の昼休みがやって来る。


 予想通り夢乃のそばに鷹田がやって来た。


「……なんですか?」


「……昨日から何も食べてない」


「なっ、なんで?」


「お前の作ったものしか食べたくない」


 ——は?


 夢乃は慌てて周りを見回す。


 幸い、近くのデスクの人は皆買い出しか外食か、ラウンジに出ているらしく誰もいなかった。


 こんな所で急にそんなことを言われては驚いてしまう。


 ——なによ! 口説いてるつもりじゃないでしょうね!


 いまさら何を言うのかと少し腹が立ったが、作って来たおにぎりを二つ鷹田に渡す。しらすと梅と大葉に胡麻を混ぜ込んだやつとスタンダードなシャケの二種類。


 無言で渡したのに、鷹田は当たり前のように受け取る。


 彼はもともと表情が豊かな方ではない。どちらかといえばクールなタイプで、時折見せる笑顔が夢乃は好きだった。


 だが今、おにぎりを受け取った鷹田は驚いたような、喜んでいるような、そんな曖昧な表情をする。


 ——どういう感情なわけ?


 夢乃には伝わらなかったが、鷹田にして見れば『安心』したのである。


 ——夢乃が、おにぎりをくれた。


 そのことが嬉しくて鷹田は、ぽわぽわしたまま午後を過ごした。






 つづく

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