第10話 彼女をやめた私を元カレが興味深そうに見つめてきます


 暖かくて柔らかい何かに触れて夢乃ゆめのは目を覚ました。明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいて、彼女の目の前にあるものを浮かび上がらせる。


 整った顔。

 いつもはビシッと決めてる前髪が柔らかく波打って朝日にキラキラしてる。


 ——鷹田たかだ……さんっ!?


 別々に寝てたはずなのに!


 と思って飛び起きると、夢乃が寝ているソファに持たれるようにして鷹田が眠っていた。


「顔が近い……鷹田さん、起きて! なんでここで寝てるんですか?」


「ん……あ、夢乃……おはよう」


「おはようございます——じゃない! ベッドで寝てくださいっ」


「……」


 夢乃のそばで寝ると良く眠れる、と言いたい鷹田であるが甘えているみたいで言えない。それに昨夜飲んだ薬のせいか頭がぼうっとしていた。


「ほらほらどいてください。まずは洗濯しますよ!」


 ——夢乃ってこんなに威勢が良かったっけ?


 そんな見たことない彼女もかわいい、と思いながら鷹田は床に散らばっていた脱ぎ捨てたワイシャツや部屋着を洗濯機へ運ぶ。


 夢乃は手際良く洗剤と柔軟剤を入れるとスイッチを入れた。洗濯機の注水の音も久しぶりだ。


「洗濯してる間に、朝ごはん食べましょう」


「……うん」


「どうしました?」


「いや、なんか新鮮だなって」


「なにが?」


 ——夢乃にリードされるのが。


 って言ったらすごく複雑な顔されそうだから、鷹田はグッとこらえて「別に」とだけ答える。


「?」


 夢乃が不思議そうな顔をするが、すぐに気を取り直してキッチンへ向かって行く。


 昨夜の買い出しで冷蔵庫の中は充実している。


 ——朝はトースト派だったよね。


 夢乃はつい鷹田の好みを思い浮かべてハッとする。


 ——違う違う! 私が食べたいの!


 こんがり焼いたトーストとカリカリのベーコンと黄色が鮮やかな目玉焼き。真っ赤なトマトをサッと切って添える。


 買い置きの珈琲豆をガリガリと挽くと懐かしい香りがした。フィルターをセットしてドリップすると濃い琥珀色の雫が落ちる。集まった雫が黒く香り豊かな珈琲になる。


「ほら、鷹田さんも運んで」


「え? あ、うん」


 夢乃の料理姿に見惚れていた鷹田は慌ててトレイに乗せられた朝食を運んでいく。しかし夢乃は「なんか見張られてるな」くらいにしか思っていない。


「いただきます」


 夢乃がちら、と鷹田を見るとゆっくりとトーストを口に運んでいる。昨夜は雑炊を食べていたので胃が驚くことはないだろう。


 ——うん、全然胃に優しくないメニューだったな。ま、いいか。


 鷹田の胃の心配したくせに、次の瞬間には自分を誤魔化す夢乃である。一方の鷹田はフィルターでもかかっているのか、夢乃の食事姿すら輝いて見える。


 ——あ、ジャム塗ってる。なんて愛らしい……。


 目の前の夢乃を堪能しようとしていると、その妄想を破るように夢乃が口を開いた。


「食べ終わったら部屋の掃除してください。私は食器の片付けをします。そのあと作り置きを作っておきます」


「あ、洗濯物は自分で片付けて」と付け加えられて「うん」と返事をしたものの、今までの夢乃との違いに内心驚愕する。


 今までの彼女はせっせと鷹田の身の回りのことをしてくれていたのだ。だから週末に遊びに来れば部屋を片付けてくれたし、手料理も当たり前に作ってくれていた。


 ——もしかして、俺、甘えてた?


 それとも自分が夢乃のことをよく見てなかったのか?


 あんなにいつも一緒にいたのに、こんなにしっかりとした夢乃を見たのは初めてのような気がした。


 目が覚めるような清々すがすがしさ。


 鷹田は夢乃を愛おしそうに見つめた。




 つづく

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